今夜の撮ってだしにゃん

sun暑い日が続いています。関東の梅雨は未だ明けていないのですが。

mako亭主の病気では皆さんにお気遣い頂き本当に有り難うございました。
お陰様で殆ど通常の仕事をこなせるようになりました。
今夜は久し振りにニャン子達の様子を撮りました。
Niyannko_gonn_3

若猫2人は我が家で二度目の夏を迎え、楽しそうに過ごしています。

Niyannko_junn_2甘え上手なジュンはメタポなお腹も俺にそっくりだし、とすっかりmakoさんのお気に入り。
makoさんの帰りを玄関で泣きながら迎えます。
帰ったmakoさんにリードを付けて散歩をさせて貰うのです。多分其れを待っているのでしょうがbleah
Niyannko_kinn_2 金太は一応家長の気分で悠然と?構えています。

但し、akoさんにはベッタリなのに変わりはありません。
てな訳でようやく平穏な日常に戻りつつあります。
早いもので明日はチョン太の二度目の命日ですcat

| | コメント (14)

お久し振りです

何ヶ月振りなのか忘れるほどご無沙汰でしたbleah

とりあえず猫家族達catは無事に暮らしています。
catカン太も17才ですっかり御長老ですが、一時の不調を堪えて、暖かくなると意外に元気になりました。
昨年五月に仲間入りしたheartジュンにゃんheartゴンにゃんも予想以上に良い子に育ちました。
写真をupする時間がないのでご覧頂けくて残念です。
先輩猫金太は後輩に刺激されて、少し若返ったみたいで、チョイ悪兄さんって感じ。相変わらすお腹○開きスタイルで何処でもひっくり返って寝ています。

thundertyphoon五月の末に我が最愛の夫が緊急入院しました。
1カ月程前の連休の初め、一度痛みの発作があって治まったのですが、持病の膵炎の痛みとばかり思っていました。

症状の進行を心配しながらも?十年結婚記念annoyの旅行を終えて間もない五月30日の夜中に痛み出し、翌朝を待って緊急入院しました。
発作の原因は胆嚢に出来た石でした。
緊急外来の看護士さんから、そんなに我慢しないで夜のうちに来たら良かったのにsign03と半分叱られました。
本人が兎に角早く痛みを止めてとわめく事もあり、夜じゆう吐いていたのでお腹が空っぽなのもあり、入院したその日の内に胆嚢の摘出手術を受けました。
(偶然sign02、私の石灰化を取って頂いたドクターが担当でした。若いけれど優しくそれでいて、てきぱきとして決断力のある先生です)
検査の様子では膵臓には殆ど異常が見当たらないようで、発作の時はどうなる事かと思いましたが、胆石で却ってホットしたみたいです。
術後も順調なようです。未だ胆管に一つ石があるかも知れないので明日検査し、あるなら胃カメラを使って除去するとの事。

後で解ったのですが、夫の妹も胆石にやられ、胆嚢摘出の経験をしていました。体質的な遺伝かも知れない。
胆嚢は無くても普通に暮らせるらしいので、不幸中の幸い、今後は今までよりも体調が良くなるかも知れません。

記憶のためにもとこの記事を書きましたが、未だ夫が入院中なので、もしコメントを寄せて下さった方に直ぐにはお返事出来ないかも知れません。お許し下さい。

| | コメント (5)

動くに追いつく??

今日は初テニスに出ました。久びさに身に凍みる寒さでした。
午前中は曇り勝ちでしたが、午後には晴れてきました。
我が家のニャンズは明るい日差しに騙されて、ベランダへ出たい出たいとねだります。窓を開けてあげると、うんにゃん!とばかりニャンズは歓び出てゆきました。案の定数分後には身体を冷たくして逃げ込んで来ました。じゅんの介はそそくさとお炬燵に飛び込ました。
やがてNiyannko_gk5陽の当る炬燵の上に色違いの猫団子が出来ました。

Niyannko_g2_2 

そうかじゅんの介も乗りたかったのね。
Niyannkogkj9 ほらほら落ちないようにね。
ゴンにゃんが抑えてあげるからにゃ。

寒い寒い冬の午後、ぽっかぽかなひと時が過ぎました。

ところでakoさんは風邪をひいた体を労わって?いる内に痩せる心算が逆に太っておりました。

先日葬儀のお手伝いの折礼服がなんとぴんぴんにキツクなっておりました。サー大変!今度こそ性根を据えてダイエットします。
今年3月頃には母の法事もある筈です。何だ太ったのかと兄に馬鹿にされないように、絶対痩せねばなりません。
標語を冷蔵庫の扉に貼り付けました。

※動くに追いつく脂肪なしお腹が空いたら水を飲め!
mako亭主からは何時まで続くか???・・と言われましたが、絶対礼服がすっきり着られるようになるまでつづけてみせます!!・と思う・・てへっ

| | コメント (10)

新年も相変わらず・・

新年もあっという間に松の内も過ぎましたけれど、今年もよろしくお願い致します。Niyannkozz_2 

我が家は男の子ばかりなので、せめて可愛い女の子のキャラクターのフリースを火燵の上に敷いてみました。
気に入ったのか、カン太・金太・ゴン太の3にゃんが幸せの三角形を作っていました。コタツ板の下からほかほか暖かが伝わってくるのです。
Niyannko_jjジュンノ介はなぜか1人コタツの前で 丸くなっていました。オデブになり過ぎてコタツ版からはみ出したのかな。
今年はお節料理も美味しくたらふく食べられました。こんな可愛い猫家族と新たな年を迎えられて本当に幸せです。
特に年老いたカン太とは一緒に過ごせる一日一日が掛け替えのない贈り物に思われます。
感謝でいっぱいです。

テニス仲間の新年会に年明け早々の葬儀が重なったり、今年もバタバタな日になりそうですが、せいいぱい楽しく過ごしたいと思います。

                                                        

| | コメント (8)

近況報告

速いもので今日は冬至の日、柚子湯です。
猫の金太が6年前に我が家にやって来た記念日でもあります。

大変長らく更新をさぼってしまいました。
その間私達は多忙と風邪による体調不良とか色々ありましたが、とりあえず猫家族、金太ゴンジュンの悪がきトリオは元気溌剌やりたい放題です。
16才も半ばとなったカン太は、10月に腎不全の症状が悪化しました。食餌を食べず水も飲まない状態となりました。身体から脱水し、痩せました。
かかり付けのお医者で集中的に水分補給の治療を受けました。
この時私も風邪をひいて苦しい盛りでしたが、頑張ってカン太の治療に通いました。3~4日続けるとカン太も疲れるようなので、少し休んでは又治療。そんな感じで2週間ほど続けた所、カン太はほんの少しづつ食餌を食べるようになりました。腎臓サポートの処方食専門です。他の食べ物は厳禁です。

私達は十月の末に旅行を予定していました。友人夫妻との計画なの中止は出来ません。
幸い自分達の風邪もカン太の状態も10月末には小康を得ました。なんとか予定通り旅行も済ませることが出来ました。
Niigata_aizu_1028 旅行は新潟の奥只見湖から福島の会津方面の紅葉を楽しんで来ました。
にゃんこ家族の世話も知人にお願いする事が出来、カン太も特に病状が悪化する事もありませんでした。
にゃんこをお願いした方は特に猫好きと言う訳ではないけれど、ゴンジュンの兄弟が抱き合って舐めあう姿はいくら眺めていても飽きなかったと、仰っていました。

Niyannko_12005 身体は大きくなったけれど相変わらず仲良しなのです。

≪うーんちょっと狭くなって来たにゃー

カン太は大分元気になりました。皮下注射は受けないでもぼちぼち食餌をしています。水は沢山飲んで欲しいので、私が小さいスプーンで飲ませています。
金太は元気、相変わらずmako亭主の布団のど真ん中で臍天スタイルを決めています。
ゴンジュンはもくもく大きくなりました。早くも肥満で体重管理用の食餌にしましたが、効果は定かでありません。獣医の先生にダイエット食をお願いするかもしれません。

私達は風邪に苦しめられました。その後に又ぶり返し夫婦で寝込んでしまいました。2カ月近く経った今も気管支炎が残って全快しません。
気管支炎の漢方製剤を処方していただいて飲んでいます。
インフルエンザではないらしいけれど、2人とも同じなので、しつこい嫌な風邪のようです。
昨年の暮れにも酷い風邪をひき、散々な正月でした。
今年こそ万全な状態で年越しをと思ったけれど、無理かもしれません。
おせちはテレビ番組のチイ散歩で紹介された海鮮おせちを取り寄せています。
来年の正月こそは美味しくお節をいただけるよう、多忙な暮れですが体調に気を付けて過ごしたいと思っています。
皆さんも風邪をひいたりしませんように、お気をつけてお過ごし下さい。

コメントを頂いてもお返事できないかもしれないので、記事の投稿のみにさせて頂きます。

|

蛍の墓が見られない

今日今、4チャンネルでスタジオジブリのアニメ映画「蛍の墓」が放送されています。
野坂昭如氏の自伝的原作による作品です。
私は過去に一度この映画を観ました。以来、毎年のように放送になっているこの映画を観ることができません。
悲しすぎて可哀想過ぎて、主人公の兄と幼い妹せっちゃんが余りにいじらしすぎて辛すぎて見ていられないのです。
美しくて素晴しい映画なのに、直視できない私は弱い人間です。

今も世界のそこかしこで戦争や自爆テロが続いています。
どうか一刻も早く世界中から愚かな争いが無くなってくれますように・・・

| | コメント (8)

改名?

秋の彼岸の入りなのに残暑厳しい日が続きます。
Koneko_t
我が家のにゃんこ家族は平穏な日々を過ごしています。
朝の食餌をお腹一杯食べてお水を飲んで、確り排泄を済ませると、2にゃんは「それっ!行こうにゃっ」とばかりにベランダに飛び出して行きます。
先を争って駆け出して二つ並んだ背中は何度見ても可愛いのです。
亭主と2人で笑ってしまいます。
金太は後から貫禄十分?に伸びをしながら出て行きます。
金太は暑くなると早々に帰ってきますが、2にゃんは日陰のうちは高い所で寝転び、日が当り始めると鉢植えの陰に入ってコンクリートの感触を愉しんでいる感じで。午前中いっぱい入ってきません。

キナコはジュンの介にゴン太はごん四郎に改名しました。
ゴンは顎の手術の時に少し早いけれど去勢もお願いしました。全身麻酔をもう一度かけるのは可哀想なので。
じゅんは発情ぽくカン太爺を追いかけるので、カン太爺の心身の負担を考えて、先生は少し早いと仰ったけれど、去勢をお願いしました。
なので2にゃんとも元服しました。
キナコは呼び始めのが金太のとだぶるのが紛らわしい事もあってじゅんの介に。ごん四郎は呼び名はゴン太のままです。

これまで我が家では雄猫の名前にをつける習慣でしたが、最近特に藤沢修平作品のファンなのでそれっぽい名前に決めました。

| | コメント (6)

ベランダ日和

昨日までの猛暑が嘘のように、今日は過ごしやすい気温になりました。
ご心配をおかけしたゴンにゃんも、手術したのが嘘のように元気になりました。
未だもう一度口の中の抜糸が必要になるかもしれませんが。今は悪戯も全開、伸び伸びすごしています。
Koneko_gon012昨日までは暑すぎて流石にだれていました(人間の方がもっとダレダレ)が今日は曇り日で若猫には丁度良い気温なのでしょう、ベランダで寛いでいます。

Koneko_na016 金太とカン太はまあまあ何時も通りに過ごしています。
只、金太はこの所少しナイーブ気味。
しつこくじゃれ付くゴンやキナコにぶーっと怒っていました。

鼻の上や眼の上耳の下辺りにアレルギーが出かかっているのかもしれません。様子をみて酷くなるようならお医者行きです。
家族皆が健康で過ごせるのは中々難しいものです。
我が家の夏休みは何ーんにもない休日。
クーラーを付けても暑い部屋でにゃんこ達の相手をしながら、ゴロゴロしていました。

| | コメント (7)

退院そして・・◎◇◎

ご心配下さった皆様ありがとうございます。
お陰様でゴン太は退院できました。今日の検診の結果、明後日には抜糸の予定になりました。
Konekog24 前回検診の往復はもう大変!キャリーバックの中で鳴き続けるし、でんぐり返りするは大暴れ!小型のエリザベスカラーを壊してしまいました。
今日も往きの道中はかなり鳴き続けていましたが、帰りの電車の中ではほとんど鳴きませんでした。
ようやく状況が解ってきたようです。
抜糸が済めばカラーも取れます。
医者から帰った後は流石に疲れるとみえて爆睡しています。
やがて起きれば、カラーを着けたままベランダの高い所に登ったり、キナコを舐めてあげる余裕も出てきました。
Koneko_k_005 ゴンにゃんも帰ってきたし、我が家のにゃんこ達には何時もの日常が戻ってきました。
金太とキナコを中心にした運動会も始まりました。
ゴンにゃんもカラーを着けた姿のまま、結構走り回っています。
キナコはゴンにゃんが退院して来た時興奮気味でしたが、今はすっかり安心して、気ままに過ごしています。

| | コメント (7)

ゴンにゃん入院中

akoさんの生まれ月七月は何かと事が多くて、うかうかと過ごすうちに早8月に。蒸し暑い季節になりました。
Koneko_2_2 先週土曜日に愛しのゴンにゃんが化膿した顎の手術を受けました。
ゴンにゃんは顎に化膿を持ちながら薬の投与で様子を見ていました。食欲も元気もありましたが、化膿は直りそうにありません。
makoさんの妹に紹介された動物病院で検査を受け、入院する事になりました。
手術は無事に済みましたが、ゴンにゃんの顎の骨は腐っていたそうです。
患部は歯を抜き、出来る限り切除しました。後はゴンにゃんの免疫力次第です。
こんな若い猫の顎がこれほどボロボロに腐っているのは滅多にないと、経験豊富な先生が仰っていました。
原因は解りません。切除した骨は精検に出ています。
昨日面会した時は大分元気になっていました。退院の見込みは未だたちません。
狭い所に押込められているゴンにゃんは可哀想だけれど、(一刻も早く自由になってして帰ってきて欲しいけれど)退院はとにかく再発などしないように確り治療受けてから。
Koneko_kinni
キナコは何時も一緒に生き延びてきたゴンにゃんが居ないので、少し寂しそうです。
バタバタの運動会もパッタリ無くなりました。家の中が静です。
ゴンにゃんが元気に退院してくる日を皆で首を長くして待っているところです。

| | コメント (10)

仲良しにゃん♪

雨の少ない梅雨、おかしな気候のせいか、ここのところ体が重苦しい感じです。ニュースは嫌な事ばかり、明るい話題がありません。

Koneko_to_kinそんなことにはお構いなく、我が家の猫家族は居心地の良い場所を見つけて仲良く過ごしています。

金太はスッカリお兄ちゃんらしい顔つきになり、カン太に甘えていた頃より落ち着いた眼の色をしています。

金太が精神的にとても良い状態なので、makoさんも喜んでいます。

ただ、眠っている時キナコに足をかじられたりするので、怒っています。

Koneko_kann 今夜は皆大人しく寝ているのでキナコが退屈して、PCの周りを歩きまわり始めました。

そろそろ皆も起き出して、ドタドタ運動会が始まるかもね・・

猫なんだから皆もう少し軽やかに駆けてくださいな・・

| | コメント (5)

ごろにゃんな毎日

梅雨の筈なのに雨が少なく、蒸し暑い日が続いています。
クールビズと云っても、クーラー無しでは汗疹が出来てしまいます。

我が家のニャンズはスクスク育っています。ご報告したいのに更新が侭ならず、それがストレスに感じたりして。
ブログを始めて丁度2年経ったところで、一度ページを閉じようかとも考えました。でも、それも寂しいしので、やっぱりのたのたと続けて行きます。

子猫のキナコとごん太は我が家に来て1カ月で1kgも大きくなりました。
キツネ顔だったキナコも最近こんな丸顔に見える時もあるんですよ。
Koneko_29 相変わらず凄い食欲!

腕白で甘えん坊。金太にネコレスリングを挑んで、鼻にパンチを食らいました。鼻の汚れは傷の跡らしい。まあ自分のせいでしゅにゃ。Konekokina

ごんにゃんは顎の下が化膿して、(多分イジメられた時の傷)破裂しました。
Koneko傷はほとんど良くなりました。
未だもう少し抗生物質を飲みます。
ごんにゃんは普段はおっとりして見えるのに時々素早く悪をしでかします。
今日も一瞬の隙にレーズンパンを取られました。

Koneko_g2 
パンなんて食べてお腹壊さないかな~っ
人の心配をよそにご機嫌なごんにゃんでした。Koneko_g1

| | コメント (8)

バタバタな日

Koneko_z_1 この所、日中は暑い日が続いています。
我が家のニャンコ家族はとても順調です。

新しい家族のキナコとごん太を先輩猫と対面させる時は少し注意しましたが、既に張り巡らせた網越しに見合ってていたので、全く問題ありませんでした。
Koneko_ka_1 初め老猫カン太は賑やかなおちび達が少し迷惑そうでした。 ところが直ぐこの様な有様です。
無邪気な子猫にカン太もお手上げ。

金太は初めは戸惑った様子でした。何しろカン太に甘えることしか知らなかったのに、自分に甘えてくる子猫です。金太はどう対処したら良いのか解らない感じでした。
今でもごん太に甘えて擦り寄られても、舐めてあげることが出来ません。
金太には舐めてもらう習慣しかないのです。

Koneko_gon_3 それにしても子猫達の食欲にはびっくりします。余りに凄いので先輩とは別けて食餌させています。
うっかり先輩の食餌が終る前に子猫の部屋を開けてしまうと、2にゃんは先輩の食餌に一目散で突進します。
そしてがつがつがつと先輩のお皿から食べてしまいます。
先輩猫はポカンとして只見ています。子猫は未だ大人の物を食べるとお腹を壊すので、困るのです。
Koneko_kina_2 食べて満足するとお腹ごなしに大運動会が始まります。
ひとしきり遊び、疲れるとそれぞれのお気に入りの場所で眠りにつきます。お八つの時間までよく眠ります。
おでぶの金太も加わって、あまりガタガタ駈けずり廻るので、下の階に音が響く心配が出てきました。住民に迷惑をかけてしまいます。
我が家は従来、絨毯は猫の毛やふけが絡んでしまうので使いません。
仕方ないので、猫達の通路に敷物をしきました。当分この状態が続きそうです。
そろそろ子猫達が目を覚まして呼んでいるので、この辺にします。

| | コメント (6)

愛しい小さな命を

Koneko_kina_1 我が家の新しい家族、小さな愛しい二つの命を預かることになった経緯はこんな風でした。
Koneko_gon_2
五月中旬の日曜日、私は交通安全週間の自治会の行事に参加していました。お昼頃、亭主から「子猫に餌をやったまま出てきたので、後が汚れていないか自転車置き場に見に行ってくれ」と携帯が入りました。
私もその朝、小公園で男の子たちと一緒に居る子猫を見かけていました。子猫達は痩せていて、病気があるようでした。
翌日も亭主は猫達の世話をしてから出かけて行きました。私は猫嫌いの住民に睨まれるので、手を出さずに見守っていました。
一階の住民が、子猫達に水を浴びせかけるのを目撃した時は、抗議したい気持ちを必死で抑えました。
午後になると何時も小学生の女の子達が、子猫とあそんでいました。一度女の子が子猫を家に連れ帰ったらしいのですが、親にダメと言われて又連れて来たようでした。
そうこうしている内でした。何時も朝になると公園に現れる子猫達の姿がありません。陽が高く上がっても姿が見えませんでした。
気になって私が見て歩くと、茶トラだけが小さなダンボールの上に蹲っていました。黒斑の姿はありません。
午後になって亭主が見に行き、血相を変えて戻ってきて「鋏をくれ!」直ぐ又出て行きました。
帰ってきた亭主は「ひどい事をする奴が居る」と涙を流しながら、私の前に荷造り用のビニール紐を見せました。
黒斑の子猫は植え込みの木の幹にがんじがらめに縛り付けられていた。もう少しで首が締まり、窒息しそうな位に縛り付けられ、声も出ない状態だった。夜からずっと縛り付けられていたらしい。
亭主は紐を切って斑猫を助けたけれど、斑猫は傷だらけで餌も殆ど食べられなくなっていた。
体も心も傷付いて限界に近付いているようだ。
私達は決断を迫られました。兎に角猫達を医者に見てもらい、保護しなけければならない。
かかり付けのお医者は夕刻からなので、暗くなる前に2にゃんを保護し、一つのキャリーバックに。ちょっと窮屈で可哀想だったけれど、お医者が始まるのを待ちました。
子猫達はダニや風邪にやられてはいるけれど、怖い病気はなくてホッとしました。亭主も私も良かったー!と叫んでしまいました。
先生はエイズはそんなに感染力は強くないけれど、白血病は感染力が強いのでと仰いました。
Konekozz
今回はノラちゃんと言うことで診療費も半額にしてくださいました。
Koneko_g長くなったのでその後の様子は次に致します。

| | コメント (9)

速報 第2弾

皆様すみません。詳細はもう少しお待ち下さい。
多分生後3~4ヶ月の兄弟で捨て子じゃないかと。団地の広場に子供が連れて来たと思われます。
心無い人にひどい事されていたので、堪らず保護しました。

新しい猫家族のお顔を紹介します。2人とも人懐こくて良い子です。
K007 昨年亡くなったチョン太と美猫だったパトラに似ている子なので複雑な思いがしてます。

G_004 何か凄い顔に見えるかも知れませんが、近くから良く見ると、綺麗な眼をしているんです。
ごん太にするかゴン四郎にするか未だ迷っています。

2人とも鼻気管炎が直らないのでカン太と金太から隔離しています。
直ったらご対面の予定です。

| | コメント (6)

速報新入り君

速報新入り君
新しい猫家族はシャンプーして、ご飯食べて、すやすやです。仲良しです。久々の子育てはもう大変!だけど〜可愛い☆♪楽しい♪
詳細は又後程o(^-^)o

| | コメント (7)

金太の失敗

Hana071_1 暑かったり雷がしたり、かと思うとひんやりした風の日があったり、変化の多いこの頃ですが、我が家のペラルゴニュウム達は満開になりました。
つい、うっとりと見ほれています。
akoさんが何かしていると必ず金太が様子を見に来ます。


Hana_a_2 画像は4~5日前に撮ったものです。
年に一度の華やかな色彩が窓辺を覆っています。
今はもう、時々ほろっと散る花びらがあります。
うっふふっ実は金太の恥ずかしい失敗がありました。
チクッチャいます。金太ごめんね。

一昨日、akoさんは窓辺の椅子に腰掛けてガラス戸越しに外の花に見惚れておりました。
さこへ、例によって金太が背後から、akoさんの肩に飛び乗りました。akoさんの肩を踏み台に外の物置に飛び乗ろうとしたのです。
ゴチンっドタン!!と音を立てて金太が肩から転げ落ちました。
金太は窓ガラスが閉じている事に気が付かず、もろにガラスに頭をぶっつけたのでした。
Hana_a_3あー恥ずかしい!人間ならお凸にタンコブです(;◎∨◎;)
金太は流石に吃驚していました。けど、自慢じゃないけど?ガラスはそんなに綺麗に磨かれていたわけじゃありません。
大ボケ金太の巻きでした(アハハ)

| | コメント (6)

フラワーパーク

Fugi_05

ゴールデンウイーク後半は、akoさんの希望で足利フラワーパークへ藤の花を観に出掛けました。
mako亭主の条件は電車の指定席が最低帰りだけでも取れたら行く、なのです。
前日の事とて難しい条件でしたが、幸い帰りの臨時列車の指定が取れたのでmakoさん納得、無事に出発です。
天気は良し。カン太と金太は二人並び、眼を丸くして(又2人で出かけちゃうの?!)見送ってくれました。朝早く出発したので電車はゆっくり座れました。
入園したのは午前九時頃なのにもう可也の人出でした。
Fugi_02
お昼になると人出はわんさわんさmakoさん曰く銀座なみだな~ 。陽は容赦なく照って、暑い暑い。
お土産を買うにも長蛇の列。
佐野ラーメンを買って来ました。当り!予想より美味しく戴けました。
大麦を使ったお菓子も買って見ました。御土産っぽくない上品な美味しさで、正解でした。
帰りの列車では当然飲んでつまんで・・・これが出来るので列車の旅が好きなのです。特にmakoさんが・・なんてね。

Fugi_01_1

| | コメント (7)

ゴールデンウイークは・・?

Hana_b 連休初めはイルカウオッチングhttp://www.irukanet.com/choshi/に出かけました。
4月30日は早朝5時起きして、総武線の特急しおさいで銚子まで。天気は快晴、風もなくて申し分なし。

Iruka_2銚子の犬吠崎灯台付近から海を眺めつつ散策してから銚子電鉄の終点戸川へ。

イルカウオッチの船、フリッパー号の出航まで時間があったので、漁港をのんびりぶらつきました。
海辺でゆっくり過ごすのは久し振りでご機嫌でした。


Iruka_3 救命胴衣を付けていざ乗船。4時間に及ぶクルース゛でした。
出航して間もなくスナメリの姿が見えました。
イルカの姿も見られるかも、期待はますます高まりました。
海鳥の群れがイルカの存在のサインと言うことで、甲板に立った乗客は海鳥の姿が見えると皆必死で眼をこらしました。約4時間の航行の間、私は殆ど甲板に立っていました。
海は時の経過と共に色を変えて見せ、最高に美しかった。
嬉しかったのは乗り物酔いの薬を飲んだところ全く船酔いしなかったこと。乗り物に弱い私は少し不安に感じていたのです。

残念ながらこの日はイルカの群れに遭遇する事は出来ませんでした。
船のクルーの皆さんも何とかイルカの姿を見つけようと必死で探してくださった誠意は充分伝わりました。
イルカには出会えなかったけれど、クルーズの楽しさは充分味あうことが出来ました。
何かと辛口な亭主も堪能できたと満足でした。
その上、イルカに会えなかったからと、2年間有効な半額で乗船できる券が渡されました。亭主は感激して、それなら必ず又来なくちゃと張り切っていました。
Iruka_1 帰りの銚子電鉄の時間が迫っている私達を犬吠の駅まで車で送ってくださいました。
折角送って頂いたのだけれど、犬吠の御土産売店は5時で閉まっていました。なので濡れせんべいは銚子のお店で買いました。

| | コメント (10)

ダイエット・解っちゃいるけど・・

Uno2 4月なのに桜の花に雪が降り、雷鳴轟き土砂降りの雨。後には真冬の寒気。
何なんでしょうね。

おっちょこちょいなakoさんがくりにゃーさんから戴いたお題、ダイエット。
こんなんで許して戴きましよう。

Uno_1 サーフボードは確かに効果はありそうなのですが、体調不良を言い訳にちょっと休んだりすると直ぐ元に戻ってしまいます。継続こそ力なり。
納豆ダイエットはアヤつきだったけど、納豆好きなので、1日一回は食べてます。
食事も運動もこつこつ続ける事が、成功のコツ、とは解っちゃいるけど・・止められない・・
植木等さんご冥福をお祈りいたします。

つまり、akoさんもmako亭主もそして金太も相変わらずカン太のスリムな体形とはちっと差がある訳です。
先日makoさんの妹夫妻と旅行した時、食事量の差が良く解りました。
太りたくなければ食べない事。これが基本です。
さて、基本は基本そう・基本なのです(;^o^;)

| | コメント (10)

肝っ玉母さん

3月15日は我が家の初代猫家族とら子さんの命日です。Tora1
以前とら子さんとの出会いに付いて綴りました。
結婚して長屋風アパートに住み始めて直ぐ、煮干を貰いにやってきて、やがて赤ちゃんを3にゃん連れてきました。
野良の頃は子育て上手な肝っ玉母さんでした。
年齢不詳。
10ヵ月くらい過ぎて、子猫がそろそろ自立する頃、大家の理不尽な追いたてから私達は引越しする事になり、とら子親子と別れ別れになりました。
それから二年後に偶然makoさんが再び出会いました。
二年間も経っていたのに、とら子がmakoさんを覚えていました。子供猫達の行方はわかりませんでし。
とら子も寄る年なみか、衰弱もしていたのでmakoさんはとら子を家に連れてきて呉れました。
とら子は気丈で情が濃くて頭の良い子でした。

教えないのに風呂場の排水溝で排泄を済ませました。お陰で猫砂を買わずに済みました。後から我が家にやって来た猫達もとら子さんを見習って、風呂場で排泄をしてくれました。(チョン爺が見習った最後の子でした)

とら子はあまり猫好きではありませんでした。長男のブン太だけは受け入れていましたが、次々にやって来た他の新入り猫さん達を迷惑と思っていたようでした。が、苛めたりはしませんでした。
常に女王様然として君臨していました。
とら子は最後まで気丈に長寿を全うしました。

春のお彼岸も直となった今頃、2月の寒さに戻ってしまいました。

Kann0 カン太は今日も陽当りの良い椅子の上で爆睡していました。
金太が起こしたくて手を出しました。一瞬だったので証拠写真は撮れませんでした。金太はカメラを向けると直ぐ動いてしまうので良い写真が撮れません。

金太は反抗期かも!?

| | コメント (9)

夜更かしの後は・・

日曜日は寝て曜日
Kan_005 昨夜は睡眠障害で?akoさんもmakoさんも夜中に眼が冴えてしまいました。
そこで、偶にはやるかとばかり夜中に起き出しました。当然酒盛りです。
撮り貯めてあるビデオを見ながら寝床に摘みを並べ、お酒を飲みました。
夜更かし大好きな金太は大喜び!
カン太は摘みをねだってお盆の周りをうろうろ。

就寝したのは朝の六時過ぎ。夜が白々と明けていました。akoさんはmakoさんの胃薬を貰って飲んで寝ました。

本日は寝て曜日。朝ごはんも昼ご飯はんも食べません。
窓の外では強風がぴーぴー鳴っているし。寝てるが一番!
明るい日差しを顔面に浴びながらmakoさんは平気で寝ていました。
カン太も金太もお付き合いよろしく枕元でクークー寝ていました。
外は寒くても部屋の中は暖か。ここは平和です。
夕食は買いだめ品と残り物でささやかに済ませます。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

昨夜、慎吾君のサタスマでがんについて放送していました。有名な女優さんが出演して、体験談を話していらっしゃいました。
日本での検診率は5パーセント、非常に低いそうです。
私はつい最近、マンモグラフィー検診でひっかかり精密検査をし、やりとしました。
お陰で私はセーフでしたが、検診の大切さを実感しました。
makoさんの妹にも検診を薦めたら、怖いのよと云います。怖いからこそ検診が必要なのに。
先ず自らが健康でなくては家族の健康も守れませんものね。心してゆきましよう・・。

| | コメント (10)

続・茫茫の記

今日は大荒れの昨日から嘘のように穏やかな日になりました。

Bou01
茫茫は気持の大らかな良い猫でした。
茫茫がお世話になっていた方からのお話では、茫茫は誰か引越しの際に捨ててゆかれたらしいとの事でした。
なまじ人間と暮らした記憶があるだけに、捨てられた時の悲しみと困窮はいかばかりだったでしょう。
私達は茫茫に何とか少しでも幸せな時を過ごして欲しいと思いました。
茫茫は家に入った当初は夜な夜な外へ出たがって騒ぎました。首に綱を付けて廊下を散歩させたりして慰めました。
茫茫は外猫として生きただけあって、全然遠慮はしません。けれど他の猫達に威嚇したり意地悪したりは決してしませんでした。
Bou02一番気難しいチョン爺にも直ぐ受け入れてもらいました。

しかし、病魔は容赦なく茫茫の命を削って行きました。注射の効いている日にちが段々短くなって行きました。
それでも茫茫は健気に我が家の生活を楽しんでくれました。
Bou05
2004年の暮れ、茫茫は食餌も水も受け付けなくなりました。一週間位の間死神とのぎりぎりの綱引きの末、茫茫は目を閉じて横たわったままでした。
私は余りに哀しくて「神様私の愛する者を連れて行ってお仕舞になるのですか」と声を上げて泣いてしまいました。
ひとしきり泣いて、茫茫を見た時に驚きました。茫茫がキョトンとして目を開けていました。少しして、私がキッチンに居た時でした。茫茫が自分で歩いてやって来たのです。お腹が空いたよと言うように泣きながら私を見上げていました。奇蹟のような出来事でした。

茫茫は奇蹟的に持ち直し、お正月を迎えてくれました。3月5日まで頑張って生きてくれました。本当にありがとう茫茫君。
只このことに付いて、私は良くない事をしてしまったのではないかと言う思いに囚われてもいます。
茫茫の命の泉が本当に空からになるまで生かしてしまった。茫茫に無理をさせてしまった。
Bou04 ←  シャンプーの後直ぐ舐めると唾液のばい菌で黴が繁殖してしまうので乾くまでカラーを着けました。

でも、茫茫は私達の愛情を確り受け止めて頑張ってくれたと、そう信じています。
茫茫君、愛しい想い出を沢山残してくれて本当にありがとう。何時までも大切に暖めてゆきます。

| | コメント (13)

茫茫の記

今日は1日春の嵐が全国で吹き荒れました。

B0u07 3月5日は我が家の猫家族・茫茫の命日です。
茫茫と一緒に過ごせたのはほんの2年弱でした。しかし、その日々は濃密でかけがえの無い2年でした。
少し長くなるけれど、茫茫との想い出を綴って置きたいと思います。

2003年の3月末でした。白毛の多い斑猫が隣の団地の植え込みの中に居ました。

茫茫との出会に、茶トラ猫との係わりがありました。

買い物に出た私が駅前の広場に来かかった時でした。痩せた茶トラの猫が道路の真ん中にふらふらと出て来ました。目鼻汁がぐしょぐょで何も見えなくなっているようでした。大変!車に轢かれてしまいます。
私は猫を広場の草叢に運び、気にして集まってきた子供達に見ていてと頼んで、家に引き返しました。
我が家ではこんな時のためにお医者から余計にお薬を戴いてあります。
子供達はちゃんと見ていてくれました。
強ばっている鼻汁や目ヤニを拭いて、お薬をのませると、茶トラは翌日も草叢に居ました。薬が良く効いて、自分から食餌が出来るようになりました。又次の日に行った時にはもう猫の姿はありませんでした。
mako亭主はもう少し薬を上げたほうが良いから少し探してみたらと、云います。
私は広場から隣の団地へと廻ってみました。
そこで私が見つけたのは茶トラではなく、植え込みの中で目ヤニと鼻汁で顔がつぶれ、声もかすれた瀕死の斑猫でした。両足からお腹までカビが覆っていました。
まるで茶トラが「俺はもう良いからこの子の面倒を見て」と導いてくれたようでした。
植え込みの中にダンボールが置かれ、水と餌の皿もありました。世話をしてくれる人は居るようでした。
私はお湯を運びカビを拭き、薬を飲ませました。目薬を差し、鼻を拭いてあげると少し食餌を食べられました。
一緒の処にキジトラの猫も居ました。キジトラ君は薬も飲めない状態で、それから一週間後くらいに、植え込みの中で冷たくなっていました。間に合いませんでした。
斑猫は死んだ猫の側でじっと蹲っていました。何を思っていたのでしょう。キジトラ君の事は今思い出しても悲しくなります。
せめての思いで動物のお寺に葬って頂ました。

私は悩んでいました。斑猫は足に傷を負っていました。植え込みの猫を傘で突付いたり、足で蹴飛ばして行く人も居るのです。
私の経験から、猫の病気はエイズと思われました。その後、獣医さんでの診断もエイズでした。
発病してしまうと長くは生きられません。
家に連れて行きたいけれど、健康な猫達とは隔離して過ごさなければなりません。かと言ってケージに閉じ込めたままでは可哀想・・。
そうこうしている内に誰かが保健所に連絡したので掴まえに来るとの情報が入りました。

私は斑猫を思い切って家に迎える事にしました。どうにかしよう。
取りあえずベランダの物置を空っぽにして寝床を用意しました。斑猫は自由が無くなりご不満でした。
病気の猫達と如何同居してゆくか・・makoさんは快く協力してくれました。結局一部屋をの襖を網に替えて、茫茫(斑君は医者で治療を受けて帰って来ると、ボゥボゥと言う変な声で鳴きながらキャリーバックから出てくるので、名前にしました)の部屋にしました。

私達が見ていられる時は自由にしてあげました。
茫茫を自由にしている時一番目が離せなかったのは金太でした。
良い遊び相手がやって来たとばかり喜んで、じゃれ遊びに誘うのです。ぼうぼうもお注射が効いているうちは元気なので、喜んでぴょこたんぴょこたん追いかけっこを始めます。
エイズは傷口から血の感染なので、取っ組み合ったり引っ掻いたり傷付く惧れのある事は危険です。可哀想だけれど、程ほどのところで遊びを止めさせました。
茫茫はお世辞にも綺麗な猫ではありませんでした。外猫の時に感染した黴が直りませんでした。
Bou03 約一週間置きにシャンプーをしましたが、手足は直ぐ薄黒くなってきました。
茫茫はシャンプー嫌いだったので、2人係の大仕事でした。けれど、シャンプーを終えて、ドライヤーで乾かした時の茫茫の気持ち良さそうな様子と言ったらありませんでした。
「フアーこんな気持ち良いことがこの世にあったのかぁ~」と言うように手足を伸ばしました。まるで笑っているような表情でした。
今も時々makoさんと話します。
茫茫と過ごせた時間は短かったけれど、茫茫があんなに気持ち良さそうにしてくれただけでも、知り合えてよかったねと。
長いので続きは明日綴りたいと思います。
写真も明日upしたいと思います。

| | コメント (0)

天下は?

今日は雨もよいのはっきりしない日になりました。それでも冬の冷たい雨と少し違っていました。
明日は冬型の天気に戻るかもとの予報です。

A_kin01_1  我が家の猫金太は殿様気取りで、akoさんには我儘放題です。

金太にとって一目置くのはmako亭主。
玩具で遊びを要求する手つきも一寸遠慮がち。

そのmako亭主が出かける直前になると、金太は何処かに潜り込んで眠っていても必ず出てきます。良く解釈すればmakoさんをお見送りする為?
けれど、一寸意味が違うみたいで・・・

makoさんが出かけてしまった途端に、ワーイ僕の天下だーい!とばかりに駈けずり回ります。
金太はmakoさんの布団の真ん中で ドター とひっくり返るのも大好きです。
「俺が居なくなった途端に布団の真ん中でひっくり返ってるよな」とmakoさんも呆れています。

毎日笑かしてくれる最近太めなのが気掛かりな金太です。

| | コメント (10)

春めいて

うかうかと過ごしている内に早、二月の声も立春を過ぎています。
こちらは暖かくて穏やかな日が続いて、まるで本当に春が来たような。

今年東京は、真冬が来なかった感じ。冬といっても凍る事も無く雪も降らなくて。
ベランダの赤いハイビスカスの蕾が開きかけて戸惑ったのか縮こまっています。
ゼラニュウムの赤い花は生き生きと咲いています。
寒さは苦手だけれど、暖かくて過ごしやすいと暢気に喜んでばかりは居られません。
季節感が乏しくて違和感があります。

我が家の猫達は健やかに過ごして居ます。

Kk1 金太とカン太が仲良く炬燵の上に並んでいました。とても珍しい事です。

大概は金太がカン太に絡み付いてじゃれ喧嘩の末に追いかけっこが始まってしまいます。

K02

去年の今ごろはチョン爺看病で心を痛めていましたが、今年はカン太も腎臓は弱っているものの処方食を食べてくれるので、普通に過ごせています。
普通な毎日に感謝です。

| | コメント (10) | トラックバック (0)

プライドと信用

新年早々、嫌なニュースが毎日流れています。

中でも情けないのは洋菓子店不二家が、賞味期限切れの牛乳を使っていた。衛生基準に満たない物を販売していたというニュース。
雪印乳業の不祥事も記憶に新しいのに、又洋菓子の草分け的老舗の不祥事。同じような過ちをを繰り返す愚かさ。

ぺこちゃん・ぽこちゃん・のキャラと手頃なお値段で子供達に人気のお店。
最も許せないのは、起きてしまった不祥事の処理の仕方。内部告発が無かったら隠蔽し続けたのではと思われること。
情けないのは企業としての本当の意味での誇り、プライドは何処にあるかと言うこと。
何万何十万人の口から命と直結した企業であるという認識の甘さ。人の命を預かる企業であるとの認識の欠如。あるいは人命に対する軽視。
利潤を上げる目的の為には手段を選ばない、資本主義の怖ろしい部分。

怖いのはこれが氷山の一角に過ぎないと疑われる事。
私達が日常手に入れて口に運んでいる食べ物は安全なのか?はなはだ疑わしいと思われる事。疑いは殆ど確信に近いけれど、私達は食べないでは生きられない。疑いつつも何かしらは口にしなければ゛ならない。
Ako
最近私の身の回りで他界される方の年齢が、80歳前の人ばかり。
ほんっと、たのんまっせ!
老齢化社会はほんの一時の現象で、あっという間に短命若年者社会になってしまわないとも限らない。

| | コメント (7) | トラックバック (0)

鏡開き

1月11日は鏡開き。
Ak_002_1 お汁粉を作りました。
小豆がふんわり炊けて我ながら上手に美味しく出来ました。
栗きんとんの残りを載せてみました。
久し振りで美味しくて、二杯も戴いてしまいました。

私は2人暮しなのに、暮れのお節作りや元旦の雑煮、鏡開きのおしるこ等、季節のものを作って楽しみます。
それは、子供の頃に母と一緒に作った思い出による所が大きいようです。
例えば暮れになると、庭の陽だまりに莚を広げ母と日向ぼっこをしながら、キンピラゴボウや酢の物用の千切り大根を刻んだりしました。母と一緒と言うことが楽しかったのでしょう。
日向ぼっこの温かさと想い出の懐かしい温もりが甦ってきます。
寒い日は炬燵に当たりながら里芋の皮をむいたり、身欠きにしんを昆布でくるくる巻いたり、柿のみの皮むきもしました。
今一人でゴボウを刻む時など必ず、母の手伝いをした楽しい想い出が浮かんできます。
今日も小豆のお鍋を見ながら思い出していました。母があんこを煮る時私は何時も、小豆が焦げ付かないように、しゃもじでお鍋の小豆汁をぐるぐるかき回す役目だった事を。
A_k004私は特に料理を習ったことも無く、ちょこっとお手伝いをしながら、何時の間にか料理を覚えていました。
今時の子供達はお手伝いなどしない子供が多いと聞きます、可哀想です。
親とのこんなに懐かしく楽しい思い出が持てないのですから。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

正月のバラ

Ak005 新年おめでとうございます。
飛び飛びの更新になりがちですが、今年もよろしくお願いいたします。

今年も冬のバラが寒風にもめげずに、凛として咲きました。

昨年暮れから正月にかけて、夫婦で体調を崩し、ともすると落ち込みがちな時、赤く輝くバラの花が元気をくれます。
今年も何があってもめげず、前向きに生きてゆくのだと、勇気がみなぎってきます。

正月の松飾も取れる頃になって漸く体調が戻ってきました。
暮れ押し詰まって病み出したので、正月の準備は万全ではありませんでした。
ひとつ偶然、初めてデパートのお節を頼んであったので、何とかお節の用意は整ったのですが、makoさんは殆ど食べられないし、私も有るから仕方なし食べるという感じでした。

今日は漸く、近くの神社へお参りに出かけました。風は強かったけれど、意外に寒くありませんでした。

猫のカン太は少しぼっとはしていますが、大過なく過ごしています。
金太は一人て゛元気をもてあまし気味、玩具を咥えてきては、遊びを要求しています。

今年もこんなふうに、大過なく普通に過ごしてゆけますように・・・

| | コメント (10) | トラックバック (0)

やられなかったかも

やられなかったかも

医者に行きました、ノロウイルスではないたわろうと見立でした。胃のむかつきはあるけれどだいぶ良くなりました。

| | コメント (6) | トラックバック (1)

やられたかも

やられたかも

お腹の痛いウイルスにやられたかも。お腹の痛みは和らいだので様子を見ていました。食欲を感じたので食べて見ました。気持ち悪くておさまりません。明日医者に行きます。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

年越し準備は検診?

久し振りの更新になりました。街へ出るとリスマスイルミネーションに華やかに彩られ、行き交う人々の足取りもせかせかと、年の瀬を思わせます。
のんびりやのakoさん家も流石にあせりを感じ始めました。
年越しの準備は何にも捗っていません。

Ak_002 17日は猫のチョン太の5カ月めの月命日でした。
18日はハスネ猫姐さんの命日でした。と言うことは、金太とakoさんが初めて出会った記念日でもあります。
18日にはakoさんが胃の検診、バリュームを飲んで吐き気がして、大変でした。胃カメラの方が楽ですが、区の無料検診なので贅沢は言えません。
19日はmakoさんが大腸検診でした。
makoさんは腸にポリープがあるので毎年検診しています。
腸のファイバースコープは挿入する時痛くて大変らしいです。
昨年診て頂いた先生が良い先生だったので、今年もお願いしました。
makoさんはあまり人を誉めませんが、この先生はお若いのに心配りが優しいので、makoさんは感激して大誉めでした。
先生はmakoさんの症状に付いて、私にも丁寧に説明してくださいました。
これまで、麻酔は全く副作用が無いとは居得言えないので、かけないで診ていましたが、あまり痛いようなら来年は少し麻酔をかけましょうか、と仰っていました。
明日はakoさんがもう一つ検診を受けます。女性だけが持つ胸の検診です。これも痛いという噂なのでびくついています。
この忙しい年の暮れに病院通いばかりしています。もっと早くやっとけば良いのに、てへへです。

Ak_012 金太もカン太も元気にしています。
特に金太は大威張りで甘え放題。

akoさんべったり生活を送っています。
ちょっとお買い物に外出してきても、akoさんが帰ってくるとガタガタ駆けずり回って歓びます。

| | コメント (9) | トラックバック (0)

政治家の傲慢

寒くなりました。早12月、師走です。何がと言う事なしに気ぜわしくなりました。

税理事務所へ送る確定申告の書類の準備に入っています。
数字嫌いなako・mako暢気な夫婦は頭が痛い季節です。

まったく!弱者から搾り取った血税を国も東京都も、豪勢な旅行や議員宿舎に浪費してくれています。
政治家の傲慢。腹が立つやら、情けないやら。
巨額赤字を抱えたの国の政治家が巨額をつぎ込んだ摩天楼宿舎に何故入れるのでしょう。解りません。
もし、家庭に置き換えたなら、赤字家計なのに家を新築出来ますか
そんな家があったら、物笑いの種でしょう。つまり、日本の政治家は物笑いの種なのです。
国民健康保険の改悪で、保険料が上がって、医者にも行けなくなっている人も居るということです。
生活保護認定してもらえば、手っ取り早く医療をうけられるのに、頑張って働いて自立してゆこうとする、頑張る人が、保険を受けられず苦しんでいるのです。それは国の指示なのです。
涙が出ます。頑張る人を救ってください。頑張る人を敬ってください

私は時たま上野の森の美術館に出かけます。緑に囲まれた美術館で美しい芸術に触れた豊かな気分で歩き出します。その時、嫌でも目に入る光景があります。
ボランティアの方々の炊き出しに並んだホームレスの人達の姿です。
心づくしの温かな食べ物に嬉しそうな表情を浮かべています。並んで待つのも苦にしてい無い様子です。

しかし、一泊何10万の部屋に宿泊する東京都の知事は、上野公園の広場を大道芸人に開放はしたけれど、一杯の温かい食べ物を求めて寒空に並ぶ人々の姿に、心は痛まないのでしょうか?
まさか知らないとは言わせません。
私は何時も胸が痛くなって、芸術に触れた昂揚した気分は、冷や水を浴びた寒い心地になります。

「お前達、美術だ音楽だ大道芸だと浮かれているが、今目の前に凍えて空腹を抱えながら病んでいる弱者が、これこの通り列をなしているのだぞ。」
そう言われている気がします。

A_k005 金太の隠れ家発見!です。

押入れの狭いダンボールの隙間に横になってへばり付いていました。

お客様がみえた時など、潜り込んででてきません。
此処にいたのです。私のカメラを迷惑そうに薄目を開けてみていました。
お邪魔はしませんよ、ゆっくりお休み・・・ね・・

| | コメント (10) | トラックバック (0)

ついでのあんみつ

先日の土曜日に散歩日和に誘われて、東京は北区にある名主の滝http://www.netcity.kita.tokyo.jp/kanko/data/a/5.htmlまで散歩に出かけました。
亭主のmakoさんは子供の頃名主の滝の池で小海老を釣ったりして遊んだそうです。
行楽シーズン真っ盛りの時期ですが、皆さん遠出してるのか、人では少なくてゆっくり楽しめました。
紅葉には未だ今一でしたが、名主の滝公園は古木の茂りに包まれて、都会の喧騒が嘘のように閑静でした。
makoさんが遊んだ池も残っていました。少し池の様子は変わったようでしたが。
ボランティアの方々が落ち葉の掃除をしていらっしゃいました。
皆さんのご苦労によって、古くからの公園は守られていて、私達が楽しませて頂けるのですね。ありがとうございます。

帰り道で偶然、とびきり美味しいあんみつに出会いました。
隠れた名店と私が言ったらねmakoさんは、これだけお客がどんどん入るんだから、隠れては居ないんじゃと言いました。なるほどね、私達が知らなかっただけか。
Ak_005_1黒蜜をかけて戴きましたが、一口食べた瞬間おっ と思いました。
寒天の口どけ蜜の程好い甘さは勿論ですが、お豆がふっくらほっくりとして何ともおいしいのです。
牛皮のもちもち感も堪りません。
あんこは小豆の風味を残して舌触りもなめらか、甘さも上品でした。
すっごく美味しくない?と私はmakoさんに聞きました。makoさんはパフェとかは好きませんが、あんみつは良く食べます。
うん、旨いねと驚いた様子で答えました。
色んなところであんみつを戴いて来ましたが、これまでで一番美味しいあんみつでした。
寒天、あんこ、お豆は勿論、牛皮も蜜もこのお店の自家製とのことでした。

王子駅から王子神社に向かう参道の側らにある石鍋と言うお店です。
店構えは小さいけれど創業100年とか、こざっぱりした良いお店でした。


Ak_008_1 ふんふん、僕らを留守番させて、2人であんみつデイトですかにゃー
よござんしたね

拗ねてる訳じゃないけれど、カメラ目線はくれない今夜の金太です・・・

| | コメント (10) | トラックバック (0)

今日は小春日和♪

今日は1日爽やかな晴天が続きました。穏やかな小春日和でした。
げんきんなものでakoさんも心が晴れてニコニコでした。
晴天とはいっても外は気温が寒いので、我が家のにゃんこは、部屋の中で日向ぼっこです。
K_011 金太は何度もベランダへ出ては直ぐ入って来てしまいます。その度に窓を開けたり閉めたりakoさんが使われます。
akoさんが、もう入ってくるの?!又出るの~!と文句を言いながらほんとは喜んでいるのを、金太は見透かしているようです。

K_008 カン太は炬燵の上で、akoさんのモヘヤカーディガンに乗っかって、窓から差し入る陽射しを浴びながら、気持ち良くお昼寝でした。
一番幸せで心安らぐひと時です。

驚かさないようにそっとシュッターを切りました。

夕空晴れて秋風吹き、西空低く三日月冴えて・・日が暮れると秋風と言うより冬の風です。

K_001

カン太が金太のお気に入りの鞄にはまり込んで楽しんでいました。

金太は近くまで来てじっと見ています。内心はご不満なのでしょうが、場所取り合戦を挑む事はありません。
カン太が退くと直ぐに行って、鞄の上に陣取りました。
K_002 何時も舐め舐めして貰ったり、可愛がってくれる優しい兄さんなので、慢していたようです。

金太!お利口さんね!
最近はカン太兄の腎臓サポートのカリカリに付き合ているから、今夜は何か美味しいお八つをあげようね♪

| | コメント (6) | トラックバック (0)

けれども足りねえ・・

昨日は久し振りに良く降りました。びしょ濡れです。
その所為ではないけれど、akoさんの心も久し振りに薄いブルーです。

今日は良く晴れて穏やかな秋日和でした。街路樹の遅れていた紅葉も急に進んで、街は晩秋の色に染まりました。都会のグレイっぽい街が一番美しく彩られる季節です。
なのに澄んだ秋色の空がakoさんの胸を痛くします。

電気ストーブを出しました。今年も何時もと同じ場所です。C_084_1
チョン太はストーブが大好きでした。炬燵には殆ど入らず、トーブの前に陣取っていました。

Ck_052 カン太と一緒に温もっていました。

時々場所取り合戦をしました。

チョン太の居ない秋は寂しいです・・・

去年の今頃はどんどん痩せてゆくチョン太に心を痛めていました。
心を痛めながらチョン太への愛情はいっそう深まってゆきました。
パソコンに収めたにゃんこ達の写真が涙でにじみます。

K001 今夜は静か過ぎます。

テレビも見たい番組がありません。

部屋が暖かくなったので、カン太はもうストーブの前から退きました。
金太と一緒に火の無い炬燵に入ってしまいました。
akoさんはストーブの火を消しました。
チョン太の居ない冬はきっと厳しい冬になるでしょう・・・

すみません・・今夜だけです。明日からきっと元気になります∞

| | コメント (10) | トラックバック (0)

ついでの富士山

Ak_001  今日はチョン太の月命日です。四ヶ月が経ちました。

12日の日曜日に、猫達の遺骨を自然に還してきました。
先に逝った先輩達の遺骨は早く還さなければと思いつつ、何年も家に置いていました。
チョン太とは未だ別れがたい未練もありました。せめて半年・・けれどチョン太ひとりを残しては寂しがるかも知れません。なので先輩3にゃんと一緒に旅立たせる事にしました。ライバルのパトラとも、因縁のはすね姐さんとも一緒です。
いよいよ本当にさよならありがとうです。
風の強い日でしたが、あまり寒くはありませんでした。
ゆっくり海辺でくつろいでから、この日は熱海で一泊し、翌日は箱根の山を廻って帰ってきました。

月曜日は素晴しい晴天に恵まれました。にゃんこ達が自然に還った事を歓んでくれたせいかもと、勝手に解釈しました。
今回は猫達を自然に還すのが目的でした。寄り道せずに真っ直ぐ帰ろうかとも話したのですが、折角絶好の日和だし、(カン太と金太の世話は知り合いのご婦人に頼んであるし)やはり箱根の山を廻って還ろうかと、朝になって決めました。
Ak_015箱根に廻って正解でした。最高に美しい富士山がありました。
芦ノ湖スカイラインの峠から、思いがけず雲ひとつ懸らない富士山の雄姿と対面できたのです。
緩やかな裾野の先まで鮮明に望まれました。
富士山を何度も見てきましたが、こんなに綺麗な富士の姿は初めてでした。幸運でした。美しい日本と言う言葉を最近良く耳にします。複雑な意味も含んで、富士山はやはりその象徴です。

まあ理屈はさて置き、御殿場まで向かう道々に姿を変える美しい富士山を、満喫してきました。

Ak_008 チョン太が逝ってから空っぽだったベットに、今夜は金太が寝ています。チョン太がいなくなってから、気のせいかカン太の老いが目立ちます。
カン太は甘えやさんなので、知らずにチョン太を頼っていたのかもしれません。
少し心配の種はありますが、おおむね穏やかで、静かな金曜日の夜が更けました。

| | コメント (10) | トラックバック (0)

腐ったみかん

強風に払われた空は真っ青な秋空になりました。
しかし、北海道サロマ町では、竜巻に襲われた方々が、痛ましい惨事に見舞われました。
心よりお見舞い申し上げ、お悔やみ申し上げます。

最近akoさんは色々な怒りで腸が煮えくり返るような思いです。今夜は久し振りにぷんぷんakoさんで打ちかまします。

私は子供の親となった事もないので、教育に付いて発言するのは控えていました。小梨の無責任な発言と思われるのを嫌ったからです。
今度ばかりは黙っていられません。

先ず、あるテレビ番組で《義務教育廃止論》を掲げ、論戦を繰り広げていました。番組の結果的には《義務教育廃止論》は却下されたのですが、論戦の中で某美人?女医さんが、勉強の出来ない子供、又は勉強が遅れがちな子供達を『腐ったミカン』と言ったのです。
義務教育と言う表現はakoさんも時代ににそぐわないとは思います。多分、国や親の義務と言う意味合いからなのでしょうが。子供が教育を受ける義務ととられかねません。
教育は義務ではなく、権利なのです。等しく教育を受ける権利なのです。

今の社会と時代は便利と速さばかりを求めます。教育は知識の多さばかりを求め、その知識を生かす知恵をおろそかにしています。
勉強を理解するのが遅くても、記憶するのに時間が掛かっても、覚えたものは忘れず、理解した事柄は応用出きる、そういうタイプの子供も大勢居ます。
そんな子達を置き去りにするのは言語道断、愚かしい行為です。
促成栽培の植物は大概直ぐ傷みます。じっくり強く生きてゆく知恵こそが大切だとakoさんmakoさんは思っています。
強く生きていく知恵を養う事こそ、今の教育の隙間を埋めてゆく一助だと考えています。
いくら早く暗記できても、難しい数式を回答できても、試験が終った途端に忘れてしまう。神童も大学出たら只の人、そんな人も沢山居ます。

少し位の頭の回転の速さ、もって生まれた外見の良さを自惚れて、頭の回転のゆっくりな子や、記憶に時間の掛かる子を腐ったみかん呼ぶ某女医さん貴女こそ、外見はワックスで磨かれてつるつる丸くて美味しそうに見えながら、実は芯から腐っているみかんなのではありませんか。

そもそもなぜ人は勉強するのか!?。勉強は目的ではありません。勉強は手段です。知識や論理も哲学もそして富も或る道具でしかありません。
真の目的は、人が幸せになる或いは幸せに生きる事ではありませんか。
幸せこそが人の生きる目的だと思います。

東京足立区の教育委員会が、とんでもない事を言い出しました。
試験の成績の良い順に学校をランク付けし、ランクの上から補助金を多くして分配すると言うのです。

全く何を考えているのか!!あきれ返って顎が外れてしまいます。
ゆとり教育を打ち出して、学力の低下が見えてくると慌てふためいて、学力を上げる為に、補助金で競わせる訳ですか。補助金のご褒美ですか。
学校にも格差を持ち込む訳ですね。それは誰の為ですか?
それは子供達の為ですか?教育委員会のメンツの為ではないでしょうか。
子供達はどう受け止めるでしょう?不安になりませんか?
それで苛めは無くなりますか?受験偏重体制は変わりますか?

日本の教育は何処へ行こうとするのか、何とも暗澹たる思いに囚われます。
おまけに核武装うんぬんと言い出す政治家も現れて、愕然としました。
北朝鮮が核実験したことに慌てて、日本が核を保持するのどうのと。
それで北朝鮮を非難出来ますか?他国の核保時は非難して、自国では核を持つのですか?
国連から経済制裁を受ける国になる心算ですか?あからさまな矛盾に気が付かないのですか。
核廃絶のために努力してきた戦後から今日まで、あれは単にポーズだったのか?
本当に情けなくてたまりません。広島が長崎が憤怒の悲鳴を上げているのが聞こえてきます。
ぷんぷん全くぷんすかぷんです!

F_kin049 人間って大変なのにゃー

akoちゃん、あんまり怒らないでにゃー

ぼっくが、慰めてあげるにゃー ♪





| | コメント (12) | トラックバック (1)

下弦の月

西の空にうっすら赤みを帯びた下弦の月が浮かんでいました。
風は無く暑くなく寒くなく過ごしやすい1日になりました。

フィギアースケートのグランプリシリーズも始まって、行楽に浮き足立って居る内にああ、冬が忍び足で近付く気配がします。
競技は、日本の安東美姫選手が優勝し緒戦を華やかに飾りました。
期待の浅田真央選手は3位でしたが、2戦には村主章枝選手も登場の予定、日本の選手は層が厚く本当に楽しみです。これから年の瀬に向けてワクワクさせてくれます。

A_kinn011 金太は昨夜すね金でした。今日もあまりご機嫌ではありません。
金太の口元に赤い爛れがあるので、イソジンで消毒しました。嫌がって暴れるので、akoさんが抑えmakoさんが塗りました。
治療?が済むと金太はブンムクレてベランダに出て行きました。
物置の上で此方に背を向けて座ったまま、一向に帰ってきません。makoさんは、知恵では金太に負けないよと、窓の戸を閉めてしまいました。
暫くすると「開けてにゃー」と鳴きました。窓を開け、akoさんが背中を屈めると、背中を踏み台にして入ってきました。
A_kinn012
そのまま押入れの隅に潜り込み、夜中出てきませんでした。

今日も午前中は少しよそよそしい態度でした。
akoさんは甘いので、金太の好物焼きがつおでご機嫌をとりました。途端に態度が良くなりました。げんきんな金太でした。
カン太は柔らかな陽射しの午後、日光浴を楽しんでいました。

| | コメント (9) | トラックバック (1)

日向ぼっこ日和

真っ青な空が広がりました。こんなに青く透明な空がまだ東京の上にあったのか、と感慨を覚えました。
風は強く冷たかったけれど、我が家のにゃんズは久々の晴天を、満喫していました。A_kinn003

ベランダ好きな金太は勿論ですが、 夏の間は殆どベランダへ出なかったカン太も、今日は思いっきり日向ぼっこをしていました。
A_kin007  お洒落な金太は毛繕い。

カン太はとても気持ち良さそうにうとうとしていました。
何時までもこんな姿を見ていたい、そんな長閑な時が流れていました。

Akan_004 お見苦しい部分はカットしましたが、尚お見苦しいものがお眼に付いたらお許し下さい。
makoさんのお腹の上にカン太が直ぐ乗ってくるので、思わず口にしたのが面白かったので。

| | コメント (10) | トラックバック (0)

ばってん荒川さん・惜しむ

今日は寒い雨になりました。
ばってん荒川さんの訃報をニュースで知りました。
ばってん荒川さんは熊本弁が報復絶倒な、お米ばあさんのキャラクターで有名でした。
九州でばってん荒川さんを知らないなんてもぐりって位、有名な芸人さんでした。http://sawayanagi.co.jp/batten/profile/index.html
関東人の私が、九州を拠点に活躍されていた芸人のばってん荒川さんへの追悼を記すのは意外かもしれません。

実は私一度だけですが、ばってん荒川さんとご一緒の舞台に立たせて頂いた事がありました。
劇団時代の友達が小さなタレントプロを持っていました。
私が丁度会社を辞めて遊んでいた時、その関係から、パート代わりにマスコミのちょい役をやらせて頂いたのです。
マネージヤーから舞台の仕事と聞いた時、「うわー無理!」ひよこのまま劇団を辞めて何年経つの!と尻込みしたのですが。
熊本へ行けるのが魅力で、出番は少ないし何とかなるさと、向こう見ずにも引き受けてしまいました。
同じプロダクションから気心の知れた女優さんが2人一緒なのも心強かったのでした。

熊本での舞台稽古で初めてばってん荒川さんに会いました。お米ばあさんのキャラは勿論知りませんでした。
吃驚しました。素の荒川さんはがっちり型の男性。お祖母ちゃんとは云えとても女形をなさる方には見えませんでした。
ところが、いざ扮装して現れると本当にお祖母ちゃんと一緒に居るように錯覚してしまうのです。
お米ばあさんの熊本弁?は可笑しくて可笑しくて、稽古中から笑ってしまいました。
舞台は勿論喜劇で、毎回アドリブの連発で変化します。もの凄く楽しい舞台でした。
私は出演者なのに、舞台を袖で見ながら大笑いしていました。お米ばあさんは、九州では大の人気者、舞台は大好評でした。

私は一遍でばってん荒川さんのファンになってしまいました。
ばってん荒川さんはとても優しく暖かい方でした
マスコミの世界では、ちょい役の下っ端はゴミ扱いされる事が度々あります。
ばってん荒川さんは、私達未熟な者にも全く差別をなさいませんでした。
休憩時間には皆を楽屋に呼んで、太鼓焼きなどでお茶を振る舞ってくださいました。色んな面白いお話をして頂いて、楽しい時間を過ごしたのを覚えています。
本当に優しくて暖かな人情味のある芸人さんでした。
僅か三日間の公演でしたが、お陰でずっと忘れられない良い想い出になりました。
その後は時たま此方のテレビに出演なさる姿を拝見し、元気に活躍していらっしゃるご様子に、喜んでおりました。
ほらこのお婆ちゃんがばってん荒川さんよと、makoさんにも教え、makoさんもばってん荒川さんのファンになってしまいました。
少し前には有名な女性の演歌歌手さん(名前が思い出せません)のショウにお母さん役で華を添えていらしゃいました。お元気な姿を舞台中継で拝見して喜んでいたのですが・・
この度は本当に勿体無くて残念で仕方ありません。

心よりお悔やみ申し上げ
ご冥福をお祈り申し上げます


金太がベランダに出たがって、窓の前で振り返るので、仕方なく戸をを開けてあげると、雨を含んだ冷たい風が、どっと吹き込んで来ました。

A_kin 秋雨や     
     金太も戸口で   
              立ち止まり

お粗末様でございます・・・

| | コメント (2) | トラックバック (0)

ついでの大福

昨日夕方から予報に反して大雨でした。
今日も朝からしとしと雨が降り続いています。
家のにゃんこ達も今日はベランダへ出られません。ベランダ好きな金太も流石に出たいと言いません。

Akan_008_1 おいらの写真が絵にならないなA_kan005んてakoちゃん酷いぜ!
おいら拗ねちゃうから 。ぷんすかぷん!

今日は病院へ行くmakoさんに付いて出かけてきました。
makoさんは先日、口に出来た水泡状のものを切除したのです。
念のため組織検査していただいたので、結果を聞きに行きました。
案の定、悪質なものではありませんでした。

makoさんが、巣鴨に用事があったので、巣鴨駅前のファミレスでランチをしました。
序におばあちゃんの原宿、巣鴨のお地蔵さん通りで、伊勢やの豆大福とお団子を買って帰りました。
伊勢やのお団子は歯ごたえが確りしているので、私は好きなのです。
最近、何でも柔らかフワフワが流行で、物足りません。

私は以前巣鴨の事務所で働いていました。その頃、同僚達とお昼休みにランチの店を探して(安くて美味しい所を)歩いた事等想い出します。
朝、大急ぎで会社に向かいながら、焼きたてのパンを買ったお店も残っています。想い出のある街を歩くと、あの頃の同僚の顔まで浮かんできました。

雨は降ったり止んだりのお天気だけれど、服を濡らすほどでもないので、割と散歩日和でした。
さてとこれから、買って来たお団子と豆大福でお茶にしましょう。
豆大福のようにぷっくらしそうで少し怖いけれど・・

| | コメント (6) | トラックバック (0)

キーワードバトン

そこそっこさんからキーワードバトンなる連想ーゲーム?が廻ってきました。

キーワードバトンとは

受け取ったキーワードから新しい言葉をイメージして、

それを次の人に伝えるバトンであるそうです。

バトンの項目は

 ① 受け取ったキーワード

 ② 自分がイメージしたキーワード

 ③ バトンを渡してくれた友達へのメッセージ

 ④ 次にお願いする人3人

の4項目であるとのこと。

自分の脳みそからどんな言葉が飛び出すか手探りながらはじめてみましょう
先ずは

① 受け取ったキーワード

中島みゆき → わかれうた → 失恋 → 涙 → 青春 → ドキドキ → 初対面→ 学校 → 初恋 → 同級生 → 幼なじみ → 親友 → 心の友 → 大切 →家族 → 旅行 → 出会い → 春 → ピンク → 桃 → 岡山 → 奈良 → 堂本剛→ 堂本光一 → KinKi Kids → 両想い → すばる&ヒナ → 絆 → 無限大 →旅立ち → 卒業 → 出会い → 嵐友 → 「仲間」 → ピカ★ンチ → お尻ぺんぺん → 泣き顔 → 睫毛 → 陰影 → キャンドル → 癒し → SMAP → 視線 →瞳 → 運転席 → 自由 → ひとり → 露出 → トレンチコート → 中居正広 →あまのじゃく → ワタクシ → 駄目人間 → ニート(NEET) → 日本経済新聞 → 株価 → 急騰 → 売り時!! → 追憶 → 追手門 → 追っ手 → まかしとけ!→ レスキュー隊 → 台湾帰り → 陶[吉吉]デビッドタオCD→ 顔 → 眼力→ 栗山千明→ 雅美→ サロンパス→ フジフィルム→ 新宿御苑→雨降り

そこそっこさんからのお題は雨降りです
夏の間には雨の日が多くて辟易としましたが、秋になって降雨量が少なくて、果樹などに影響が出始めている地方もあるようです。
雨降りと言うと土砂降りや霧雨より、間断なく降り続く梅雨時の雨って感じです。
ですが、私は敢えて子供の頃に体験した夕立の雨について話してみたいと思います。

夏休みの午後、縁側に寝転んで宿題を開きながら(其れは放って)、グタグタ漫画本など読んでいます。
山の上の空は真っ青で雲ひとつありません。
山並みの上に現れた雲は最初真っ白で、それがもっくもっくと盛り上がって、たちまち大きな入道雲に広がります。
雨はどっと降ってきます。もうバケツをひっくり返したようなどしゃ降りになります。
私は縁側で雨を見ています。
軒先から落ちる雨の粒で縁側の前の地面に一列の穴が出来るのです。
大粒の雨が土の穴を掘っていくのを私は飽きもせず見ています。
雷が始まります。
大きな稲光が空を裂きます。ドカドカドッカーンと落雷します。
私は母に危ないから座敷に入りなさいと叱られて、障子の中に入ります。
夕立は大概短時間で、あっという間に上がります。それは拍子抜けなくらいサット上がってしまうのです。
雨が上がると、戻ってきた明るい青空が掛かる事があります。
山の端から空の高みに向けて虹の橋が渡るのです。
私は「虹だよ虹が掛かってるよ」と私はおおはしゃぎで、家のものを呼び集めます。
家族と眺めた雨上がりの虹の綺麗さは忘れられません。
私は高校進学と同時に故郷を離れてしまっいました。以来、あんな美しい虹を見ることはありませんでした。

② 自分がイメージしたキーワード

なので、私のイメージしたキーワードはにさせていただきます。

③ バトンを渡してくれた友達へのメッセージ

そこそっこさん、何時も楽しいお話をありがとう。
私が手順が悪いのであまりPCに向かえなくて、ご無沙汰ばかりでごめんなさいね。
何時も前向きで、勤勉なそこそっこさん、感心するばかりです。
ただ、お体だけは無理しないでくださいね。
お優しいご主人様と猫のソーキチ君と末永く幸せな生活をお送りくださいね。
これからもよろぴくね♪♪
そこそっこさんごめんなさい。バトンはもし受けてくださる人がいらっしゃったなら、ご自由にお持ち頂きたいとおもいます。
こんな感じになりました。
どなたか宜しかったら、バトンをお持ちくださいませ。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

チョン太を想う

この頃は最も過ごしやすい季節になりました。
10月17日で、チョン太が虹の橋を越えて逝ってから、3ケ月が経ちました。

Cyon チョン太の肉体はないけれど、akoさん家の生活の中に何気にチョン太は存在していると感じます。
16日の夜に、明日でチョン太が居なくなって3ケ月になると思っ太時、チョン太が最後にお別れの挨拶をするようにakomako夫々に甘えに来たのを思い出しました。
嬉しくて悲しかったあの時が、懐かしく又切なくよみがえりました。
悲しみを伴わずチョン太の想い出を懐かしめるには、もう少し時の手品を必要とするようです。
チョン太の好きだったケンタッキーのチキンをお供えしたかったけれど、買いに行けなかったので、今度出かけた時に買って来ましょう。

A_kin2 金太の表情が、最近大人びてきたようです。
旅行から帰った後、すね金気味でした。
日頃はakoさんが呼ぶと直ぐ答えるのに、いくら呼んでも返事がありませんでした。
カン太は直ぐ甘えてきました。
カン太が甘えているのを暫く見ていました。
その内に羨ましくなったらしくて、元通り以上に嬉しそうな金太になりました。
今夜もmakoさんの鞄に乗っかって満足そうです。珍しくカメラ目線をくれました。
ありがとう、我が家の猫家族達。

| | コメント (8) | トラックバック (0)

立山黒部・絶景

10月9日、早朝3時起きして一路立山黒部アルペンルートに向けて中央自動車道に乗りました。
前日までの雨風はうそのように治まって、雲ひとつ無い晴天に。甲府を過ぎた頃には西の天空には白い月が浮かび、東の空はに太陽が昇ってきました。後方に霞む富士山の姿。久し振りに味わう大きな自然にakoさんはウキウキしていました。makoさんから子供みたいだねと言われました。
諏訪湖南ICで高速を下り安曇野を扇沢方向に進みました。安曇野を囲む山並みは朝靄にすっぽり包まれ、幽玄な水墨画のようでした。

午前8時頃扇沢に駐車。立山黒部アルペンルート観光の玄関です。
駐車場の係員さんが親切に「室堂は40cmの積雪ですよ」と教えてくれました。えーっ雪?とびっくりでした。念のためセーターを1枚リュックに詰め込みました。
ここからトロリーバスやロープウェイを乗り継いで室堂まで行きます。8時30分発の室堂までの往復乗車券を購入しました。乗車券売り場には既に長蛇の列ができていました。
トロリーバスは黒部ダムまでのトンネルの中を走ります。
黒部ダムの展望台に着いて眼にした風景は、うわーっ綺麗!うわーっ綺麗としか口に出来ない景色でした。
Ryokou12 ダム湖はコバルトブルーの水をたたえ、前日までに降った雪が立山連峰を真っ白に染めていました。中腹は紅葉に彩られていました。
もうこの景色を見られただけでも来たかいがありました。

次はケーブルカーで黒部平駅へ。 狭い駅の中は凄い混雑、整理券の順にロープウエイに乗ります。順番を待てば必ず乗れるのですが、あまりの混雑に焦り気味になりました。
待ちながら黒部平からの眺めを楽しみました。Ryokou_1
Ryokou_4ロープウエイで大観峰へ。
眺めは絶景です。

今度は又トロリーバスに乗っていよいよ室堂到着です。乗り継ぎに時間を要したので、到着は11時半頃になりました。

Ryokou_5室堂の駅を出て眼にした光景は、正にふわぁっと息を呑む絶景が広がっていました。
周囲を囲むように連なる立山連峰は一面の新雪に覆われていました。
まさかこんな神々しくも美しい景色の只中に立つことができるなんて思いもしませんでした。幸運でした。

Ryokou_6

みくりが池を廻る遊歩道を散策しました。と言っても雪道です。

雪道を歩くなんて何年ぶりでしょう。
私もmakoさんもおっかなびっくりへっぴり腰でした。Ryokou_10_2


Tateyama
特にみくりが池のへりを降る道では、転んだらまっ逆さまにみくりが池の冷たい水の中に滑り落ちそうで、冷や冷やしました。

紅葉に染まる中腹と新雪に覆われた神々しいまでに美しい山頂を両方楽しむことができました。本当に思いがけない贈り物を頂きました。
慣れない雪道の散策で時間を要し、宿へ着いたのは午後5時を廻ってしまいました。
宿は空いていて静かでした。大きなお風呂でゆったりと温泉につかる事が出来ました。歩き疲れた足もずいぶん楽になりました。

| | コメント (11) | トラックバック (0)

10月1日・仲秋

2006年も10月に入りました。
曇りの後小雨が降りだす初日でした。
akoさんは伸びた髪がうっとうしくて髪を切りました。風邪気味なので我慢していましたが、どうしても不快でたまらず切りました。
サッパリしてよい気分。カットのお姐さんからも「ほら若々しくなったでしょ」と言われ、まんざらでもなし。でも私の感じでは短くなり過ぎに。
サッパリしたもののやっぱり、少し風邪がぶり返しました。

F_163_3 15才になったカン太にもこんなあどけない頃がありました。 

先日の健康診断で、腎機能に低下が見られると言うので、食餌を変えようとしています。
処方食は中々食べてくれません。
慣れるまで時間がかかりそうです。

小雨の降り続く仲秋の夜は、煩いほど鳴いていた虫の音も小さくなって、静に更けて行きます。
金太はmakoさんに貰った鞄をベットにして丸くなっています。

さあて、今夜は競馬です。フランスの凱旋門賞に日本の三冠馬ディープインパクトが出走します。
期待通りの結果を披露してくれるでしょうか。楽しみです。ワクワクします♪♪。
珍しくNHKで中継放送があります。
トウカイテイオーの子供でないのが残念ですが・・・。
何時かテイオーの子供が出走する時を夢見つつ応援しましょう!

| | コメント (10) | トラックバック (0)

秋彼岸

久々に青空が広がって爽やかな1日でした。珍しくmako亭主が朝の窓辺で「今日は凄く気持ちの良い日だよ」と盛んに言っていました。
日中は陽射しが強くて、残暑となりました。
どうやら、今年最後の残暑となったようです。明日からは気温もずっと低くなるそうです。
毎年言うセリフは「暑さ寒さも彼岸まで・・・」
今年も秋の彼岸の入りとなりました。陽が沈む時間もそれと知らずに早くなりました。秋の夜長の物想い・・・
Kin_242 秋の薔薇が咲いています。手入れもしないのに、厳しい夏を耐えて、健気に咲いてくれました。
ハイビスカスも盛んに咲いています。
金太は快適なベランダライフをおくっています。
心ゆくまで陽を浴びて、暑くなると葉陰に潜んで涼みます。

カン太はめっきりベランダに出なくなりました。
今年15才は直射日光がきついのでしょうか。
高齢猫には日光浴は15分で足りると獣医さんから聞きました。
カン太は自分で日光浴を調節しているのでしょうか。

夕暮れてゆく空を見上げて、金太は何を思うのか。

Kin_231こんな湿気の無い爽やかな日に、僕は網に閉ざされたベランダの物置の天辺で、只無為に過ごしている。
これで良いのだろうか??
なんちゃって!
僕にはこの生活が天国てんごくなのさっ!♪

夏の名残を惜しむのか、秋の深まりを楽しむのか、金太はいつまでもいつまでも、物置の上で空を見上げておりました。

この週末にはご先祖さまの墓参りを予定しています。ところが天気予報によると、又台風の接近で、週末の天気は雨模様です。

| | コメント (9) | トラックバック (0)

2か月経って・・

昨日は久々に太陽が覗きました。今日は台風の余波か、雨もよいでむしむししています。

我が家のチョン太が虹の橋を越えてから、今日で2ケ月が経ちました。
Cyon183 失った悲しみは段々薄れてきています。

mako亭主が家を出る時、カン太も玄関先について出ます。
チョン太はエレベーターまでお見送りをしましたが、カン太は家の前でごろごろ擦りついてばかり、makoさんの後を追っては行きません。未だ跡取りにはなれないようです。

私のミニバイクのガソリンが減らなくなりました。チョン太を医者に連れて行く毎日の仕事がなくなったから。
毎朝9時少し前にチョン太を入れたキヤリーバックを足元に置いて、獣医さんへ向ったものでした。
前日に夜更かしして、眠くて起きるのが辛い時もありました。
眠くてもチョン太を守る張り合いがありました。気力を駆り立てられました。

チョン太に去られて胸の肋骨が一本減ったような、心もとなさがあります。
沢山居たにゃんこ達が減るごとに一本づづ肋骨が欠けていったように感じます。
その所為か、案外豊かなakoさんの胸の位置が、段々下がってきたような??!
うっふふ、脱線してしまいました・・・

昨日は元同僚の仲間と上野を歩いてきました。上野の森を抜け、不忍池を渡る桜並木を通り、旧岩崎http://www.tokyo-park.or.jp/park/format/index035.html邸を見学しました。
土曜日は邸宅内でミニコンサートが開かれています。未だ余り知られていないようです。
昨日はチェロのコンサートでした。
夏秋彩・裕一のご姉弟によるソナタの二重奏を聞かせていただきました。
いかにも、学究的で爽やかで清潔感漂う御姉弟にお見受けしました。

旧岩崎邸は、明治の中期に建てられ、関東大震災にもビクともしなかった、戦火も及ぶ事のなかった貴重な邸宅です。
かつてこの邸宅で催されたであろう、優雅なひと時を空想しつつチェロの演奏に聞き入りました。
窓の外の広々とした庭に眼を向けたりしながら、典雅なチェロの響きにしばし憩いました。
何となく宮澤賢治の「チェロ弾きのゴーシュ」なんて言葉が浮かんできたりしました♭♭

| | コメント (12) | トラックバック (0)

雨が2日も続くと・・

雨続きです。昨日も今日も1日中小雨が降り続いています。気温は北海道より低かったそうです。
こんな日は何となく退屈です。
Kan207
去年の今頃は温泉旅行に行きました。大浴場からの海の眺めがごちそうなホテルに兄夫妻と泊まって、帰りがけに勿来の関に寄ってきたっけ。
あの日は快晴でとても暑かった。去年の残暑は今年より厳しかった。

あ~あ、そろそろ今年も温泉に行きたくなってきました。
去年はチョン太が病気してたので少し気になりながらの旅だったけれど。
今年は残念ながら、その意味では心置きなく出かけられます。
けれど今年は兄嫁のお母さんが入院したりして、兄夫妻は旅行の気分ではないらしいし。

makoさんは、昨年は自分が行って感激した信州の黒部渓谷へ、今年は私も連れて行くって云っていたけれど、どうなのかな?本当に連れて行ってくれるのかな?

何処でも良いからのんびりした旅行に出たいな~。のぼせる位長々と温泉に浸ってみたいな~!

Kin_190 勿論使ってます。
一緒に乗ろうよと金太やカン太を誘うのに、モーター音が響き始めると、2にゃん共、そそくさと尻尾を巻いて逃げ出すのです。
楽しいのにねぇ~!!

| | コメント (9) | トラックバック (0)

続続・ライバル

逆襲!

パトラが猫家族に加わって、ますます賑やかなakoさん家となりました。
おやブン太はパトラを歓迎こそしなかったけれど、特に苛めることはありませんでした。

チョン太は、おやブン太とショウ太が仕切っていた頃は、パトラに攻撃をあらわす事はありませんでした。
ブン太とショウ太が相次いで虹を渡ってしまって仕切屋が居なくなってから、パトラへの意識がつよくなりました。
それは、チョン太が親分になりたかったのに、パトラが子分として服従しそうになかったからかも知れません。

あれは寒い冬の日でした。
akoさんとmako亭主がちょっと外出して帰った時です。パトラは玄関まで迎Pa_212えに出ていました。特に変わった様子はありません。けれど、例によって床に薄茶色と白い猫毛が、散っていました。
ありゃ、又2にゃんが取り組んだな~?と、私達は苦笑しました。
ハスネやカン太も集まってきましたが、チョン太の姿がありません。

見渡すと、奥の部屋の隅にチョン太が固まっていました。様子が変です。
〈チョン太そこに居たの?!〉
私達が近付くと、ウーガアーっと凄い剣幕で唸り声をあげました。かっと見開いた眼がギラギラで引きつっていました。
名前を呼んでも全く耳に入らない様子です。
ウガーフウー!!完全にパニック状態でした。
他の猫達はキョトンとしていました。
mako亭主はチョンの興奮ぶりに「こりゃ駄目だ、少し荒療治しなくちゃ」と云って、窓を開けました。
「外へ出ろ外へ!」と、ウガアーっと唸り続けるチョン太を追いました。チョン太は後じさりしながらベランダへ出されました。

日頃チョン太はベランダへ出た事がありません。尚更変にならないか。寒い冬の事、風邪を引かないだろうかとakoさんは心配でした。
mako亭主は、頭を冷やせば正気に戻るさと、窓を閉めてしまいました。
確かにベランダに出た途端に、チョン太は唸らなくなりました。
少し興奮が収まったようでした。部屋に入れろと騒ぎもしません。
慣れないベランダで違う緊張を味わっているのでしょう。

私達はお茶を飲みながら、事の始まりを想像しました。
(何時もチョン自身がやっている事を、きっとパトラにされたのだろう)そうだそうだと、直ぐ意見があいました。

Cyon_024 それは、パトラの背後からいきなり背中に飛びつく事です。
今朝はパトラがチョンの背に飛びついたに違いない。
チョン太は自分が初めて不意打ちを食らって、もう何が何だか解らず、パニックにおちいったに違いありません。
akoさんもmakoさんも、ゲタゲタ笑ってしまいました。
チョン太はパトラに逆襲されたのでしょう。自業自得です。私達はチョン太に同情はしませんでした。〈ほんっと、馬鹿チョンなんだから〉と、大笑いしました。
パトラは普通に過ごしていました。

チョン太はベランダに夜まで放って置きました。
すっかり暗くなってから窓を開けました。にゃ~んと何時もの甘えた声で鳴きながらチョン太は部屋へ入って来ました。
何時ものチョン太に戻っていました。
makoさんはどうだ俺の云う通りだろうと、鼻高々でした。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

老老介護

昨日(7月30日)、漸く東京地方も梅雨明けとか。
気温は上がらないけれど、為るほど湿気が無くなった感じです。
日が落ちたのでクーラーを止めてみました。何とかしのげそうです。
Tora_1

夕刻のニュースで「老老介護」の老夫婦による悲惨な事件を報じていました。
関連して老人が老人を介護する「老老介護」の実態に付いて報じていました。
在宅看護それだけでも大変なのに、寝たきりの老人をやはり老いた配偶者が看護する。
介護者が元気な内は未だしも、自分の身体にも不調を来たしながらの看護となった時、如何に大変な事でしょう。
介護を受ける人への心労、自身の肉体的な苦痛もあれば、経済的な不安もあるでしょう。

akoさんは恥ずかしながら、老猫を看取るだけでも心身症に為りそうなほど消耗しました。
ましてや、連れ合いであってみれば、想って余りあります。
老老介護者の約30パーセントの方がアンケートに死にたいと思った事があると答え、介護者の四人に一人が鬱の状態にあるとの調査結果が示されていました。
日本の現状では要介護者への支援は始められました(是とて問題山積です)が
介護者への支援は殆ど無いに等しいようです。

お願いです!この国を姥捨て日本にはしないで下さい。

子供のない私達は夫婦2人だけ、明日はわが身身につまされます。

| | コメント (6) | トラックバック (0)

小母ちゃんへ

明るくひまわりと名乗ってみても、私のブログは重いでしょう。
基本は(死んだ猫を温める猫)なのです。ご容赦下さい。

大氣の不安定な日が続いています。
今週は火曜テニスも雨で流れ、運動不足を感じます。
時折小雨のぱらつく曇天でしたが、久々に歩きに出ました。
歩きなれた並木道も葉が鬱蒼と茂り、雨に洗われた緑は新鮮でした。
新鮮な緑の下を歩くうち、希望に似た高揚した気分になりました。
高揚した気分の所為か、ふと、私が高校を卒業後に上京した頃を想い出したのです。
卒業式から上京の日迄のほんの10日か2週間位でしたが、楽器の袋詰めのアルバイトをしました。
工場ではなく社長さんの自宅の座敷で、2人の小母ちゃんと世間話をしながらの気楽な作業でした。

私の上京が翌日に迫って、バイト最後の日でした。
午後になって、2人の小母ちゃんに別れを告げた時でした。若い方の小母ちゃんが
「東京へ行ったら私の事なんか忘れちゃうんだろうね」
と寂しそうに仰ったのです。私は吃驚しました。
たった2週間足らずご一緒しただけなのです。そんな風に別れを惜しんでくださるなんて意外でした。私は喜ぶよりも驚きの方が先で
「うん、でも私は忘れっぽくないから」と不器用な返事しか出来ませんでした。
小母ちゃんは「そぅ~お~」と寂しげに微笑みました。今の私なら
「小母ちゃん忘れるわけないでしょう」
と手を取って確り握るでしょうに。只若いだけの小娘だった私は、《私の事なんか》と卑下して仰った小母ちゃんの心に戸惑いを覚え、上手く応えられなかったのです。

多分小母ちゃんの人生は平坦なものではなかったのでしょう。様々なご苦労を味わって来られた小母ちゃんには、私の若さが眩しかったのかも知れません。
様々な人生経験を積まれた小母ちゃんは、それだけで素晴しい存在なのに。若くて無経験な脳天気なだけの小娘たる私なんかより、ずっと素晴しい人なのだから、卑下する事は全くなかったのに。

私は歩きながら泣けて仕方がありませんでした。
人はいえ、生命は存在するだけで奇蹟です。生きているだけで素晴しいと思うのです。
私自身があの小母ちゃんと同じくらいの年齢になった今、小母ちゃんの気持ちがより理解できるようになったのでしょう。
今となっては、お互いに変わってしまって、もし擦れ違っても解らないかも知れない。
でも小母ちゃんが、こんな私に別れを惜しんで下さった記憶は、決して忘れません。ありがとう・・・・

小母ちゃん!ほら私は決して忘れていないでしょう!こんなに鮮明に覚えているのですから。

| | コメント (5) | トラックバック (0)

テールランプの洪水

Rous_a180 新宿や新橋、銀座など、夜の道路はタクシーの赤いテールランプの洪水です。
賑やかに繁栄を彩っている?冗談ではありません!

私のある友達のお兄さんは、東京近郊の街でトンカツ屋を営んでいました。お兄さんにはポリシーがあって、材料の豚肉も吟味して良いものを選び、店の経営は順調でした。
処が折しも日本経済のバブルの崩壊!以後はどんどんお客が減って行き、終に経営が成り立たなくなりました。
お兄さんは店を畳み、居酒屋チェーンのコックとして働き出しました。しかし、その仕事も続かなくて、仕方なくタクシーの運転手として働き始めました。
折から規制緩和政策によって、大手タクシー会社は保有する車をどんどん増やしていました。運転手には直ぐなれます。
しかし、長引く不況でタクシーの利用者は減る一方。企業も経費削減でチケットなど発行を減らします。社用俗も減るばかり。
増えるタクシー車両、減るばかりの利用客。深夜の道路は空車の洪水でした。
増え続けるタクシー運転手。当然一人一人の稼ぎは減って行きます。
友達のお兄さんは、法定時間内の稼ぎでは家族を養っていけません。時間外にも働いて、家族を養っていました。
違法な労働です。当然安全上問題です。それはやがて禁止されました。
友達のお兄さんは家族を養うだけの収入を得られなくなりました。

規制緩和によって際限なく保有車を増やせるタクシー会社は、運転手個々人の収入が減っても、会社全体での収入が増えれば良い訳です。だから車を増やします。それによって運転手が生活出来ないほど追い詰められています。
私は政治の事はよく解りません。でも、規制緩和は誰の為?儲かるのはタクシー経営者のみ。
運転手は泣いています
規制緩和で自由競争の名の下に弱肉強食、下克上、太平の江戸時代から、戦乱の世に逆行するのではないでしょうね。
痛みに耐えるのは誰?痛みに耐えるのは誰?
沢山のタクシーが客待ちをしてアイドリングしていれば、、ガソリンの消費が増え、ガソリン供給者は儲かるでしょう。けれど空気はその分汚れます。
被害を被るのは誰?
これはほんの一例、泣いている人達は沢山居るのです。

友達は、お兄さんを援助して、又トンカツ屋さんを始めさせてあげたいのだと語っておりました。
「だって、本当に美味しいトンカツだったんだよ」
お兄さんのお店がもし再開したなら、私は是非食べに行こうと楽しみにしています。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

不安の渦

Rous_a071 小学生が育てている桜草です。
眼を見張るような美しさでした。
この美しい植物が私達の身の周りから、永遠に失われる事がありませんように。
花を育てる優しい心が子供達の中に何時までも生きていますように。

Rous_a064

駐車場の日当たりの良い生垣に素晴しいシヤクナゲを見つけました。
金属や石の塀の拒絶感とは異なり、生垣は柔らかな区Rous_a063_1 切りをつけます。

駐車場の持ち主の心の豊かさを感じさせます。

Rous_a065 此処はバスの車庫の前、見事なツツジの生垣とハナミズキが彩る歩道です。

近くにお住まいの、お体がご不自由なご婦人が、零していらっしゃいました。
新しい制度に切り替えられた介護保険で、等級を下げられ要介護から介護支援に変えられた。
車椅子でなければ外出できないのに、歩道には段差がある上、自転車が車椅子にお構いなくスピードを出して歩道を通過する。怖くてたまらない。
介護制度が変わって申請をし直す度に本人が行かなければならない。
その度にタクシーを使う。病院に行くにもタクシーが必要。毎回数千円のタクシー代は遺族年金生活者に重くのしかかる。
病院が混んでいてヘルパーさんに待って貰うと、待ち時間料金が発生する。と嘆いていらっしゃいました。
私は答えに詰まりました。
物価が少しづつ上がっているように思われます。物価が上がれば給料も上がるのは大企業。年金は下げられるばかりで上がりません。
弱者に不安の渦が広がって行くのでしょうか。

Rous_a60 金太は相変わらず元気。
カメラを構えるとこちらに背を向けます。
akoさんの呼ぶ声には勝てなくて漸く顔を向けました。
お澄まし金太も愛らしい(☆◎☆)親バカデへへ

チョン爺は昨日も発作を起こしました。発作の間隔が短くなってゆくようです。
でも、食欲は結構あります。ただ今日の命にありがとうと云います。

 

| | コメント (11) | トラックバック (0)

来た来たカムカム!

先ずおめでとうありがとう~!
4月8日阪神競馬場の第10レース大阪ーハンブルグカップでトウカイテイオー期待の息子トウカイカムカムが優勝しました。
同日中山競馬場の10レースで優勝したトウカイエールはテイオーの息子ではありませんが、カムカムの兄さんだという事です。
トウカイカムカムはこれからもっと大きい所で活躍する器です。
とても楽しみです。

野球でもジャイアンツが予想外に好調ですし、嬉しいかぎりです。

又、メジロマックイーンが死去したという知らせもありました。
悲しい訃報です。
メジロマックイーンは長距離の大天才で天皇賞では祖父子三代制覇を成し遂げた名馬でした。
トウカイテイオーの強敵でしたが同じパーソロンの血を引く盟友でもありました。
産駒では女の子に活躍馬がありますが、種牡馬が誕生したという話は聞きません。早すぎる死でした。
誰よりも強い心臓を持っていた筈の名馬が、心不全で他界したとの事。
生命の不思議を思い知らされます。
心から冥福を祈ります。

Rous_a001本日は金太が玩具を咥えたところを終にキャッチしました。
写真のモデル代に思いっきり遊ばせてあげました。
流石に疲れたらしく今は大人しく寝ています。

Ako_a1685カン太は寒がりなので今日もお火の番です。
本当に良く寝る猫で~す
お火の番でなければテレビの上で寝ています。

Rous_a005

本日のチョン爺です。寝てばかりです。
チョン爺は亭主のmakoさんの膝の上で甘えるのが大好です。ゴロゴロ云います。
makoさんも重いんだよと云いながらも、嬉しくて堪りません。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

祝! 復活シュクル!

ドッドドーン 打ち上げ花火で~す!
ちました!ヤマニンシュクル・トウカイテイオーの自慢の孝行娘です。
2006年3月12日・中山競馬場11レース・中山牝馬ステークスGⅢ
見事に優勝しました。

おめでとう、そして、ありがとう。
何度
おめでとうありがとうを繰り返しても足りません。

テイオーの子供達、早く目を覚ましてなんて叫んだけれど、シュクルはちゃんと目覚めて居たのですね。

2才のジュベナイル以来、2年3ヶ月振りの勝利でした。
復活を確信はしていましたが、屈腱炎と言う、幾多の競走馬達の競争能力を奪った、難しい脚の病での一年余りの休養でした。
本当によく復活してくれました。
何度骨折しても甦った父トウカイテイオーの不屈の魂が受け継がれているようです。

シュクルを復活に導いて下さった関係者の皆様、有り難うございます。そしてご苦労様でございます。
今回の勝利によってシュクルへの期待は益々膨らんでゆきます。
シュクルには、テイオーの子供達の先頭を切って、未だ是からも走り続けて貰わなければなりません。
無事繁殖に上がるまで、足元に不安を持つシュクルを如何かよろしくお願いいたします。


中山にシュクルがやって来ると知り、応援に行きたいと思いました。
けれど、日曜日、出不精な亭主のmakoさんが珍しくテニスに行くと言うのです。私が競馬に行きたいなどと言い出したら、又ご機嫌斜めになってしまうでしょう。

なのでシュクルに会いたい気持ちは胸に押し込めて、私もテニスに行きました。勿論テニスは楽しかったしmkoさんも久し振りに頑張っていました。
シュクルの素晴しい勝利の瞬間には立ち会えなかったけれど、満足です。

この次東上する時こそは、美しく逞しく気高いシュクルに会いたいと思います。
その日を楽しみに、応援していますね。くれぐれも無事で居てください。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

冬眠明けです

春の息吹に誘われて冬眠から目覚めました。
今欠伸しながら寝ぼけ眼をこすりつつ、心機一転、ブログタイトルもテンブレートも新しくして再開です。
どうか宜しくお願い申し上げます。

折々の随想や猫話は以前と変わり映えも無いと思いますが。

冬眠中は猫のチョン爺と添い寝でした。冬眠に入った理由の一つにチョン爺の容態がありました。
チョン爺の衰弱が著しくてもう、写真をupするに忍びない姿になってしまいました。
チョン爺は、食事も水さえも自分で口にする事が出来なくなりました。強制食餌も拒絶しました。まるで拝むように両手でもがくのでした。
可哀想なのでもう無理じいは止めようと、亭主のmakoさんとも話し合いました。

動物病院の診断は腎不全でした。歯ぐきや歯の根の方にも炎症が食い込んでいました。食餌を拒むのは当然でした。以前から歯の痛むらしい事は先生に訴えていたのですが、チョン爺が老齢なためか、先生は治療する事をためらっていた感じでした。
先ず点滴を入れて腎臓機能の改善を図り、歯の手術はそれからとの事でした。
なのでチョン爺は正月早々から入院しました。
又、元気はつらつな筈だった末猫金太が正月早々から食餌を食べると即吐くようになっり、診察を受けました。
検査では異常が見当たらなくて、取敢えず吐き止めの処置をして頂きました。やがて金太がクシュンクシュンと咳を始めたので、どうやら風邪の所為だったらしいと判明しました。
金太の嘔吐は直ぐ止まりましたが、咳は二週間位続きました。チョン爺の慢性鼻炎の例があるので、金太も鼻炎が残るのではと心配でした。幸いそれは杞憂のようでした。

チョン爺は少し腎臓の数値が良くなったので、歯の治療を受ける事が出来ました。前歯の鼻の近くまで長く伸びた根は腐っていたので、抜歯されました。大変な手術だったとの事。

何とか退院にこぎ付けたのですが、チョン爺の食ベられず飲めず、は変わりませんでした。

激しい痙攣を起こしたり、何度かあの世への橋を渡りかけました。
執念深い私も流石に諦めたことが何度もありました。
ただ、ほんの偶に餌を舐めてみせたり水を舐めて見せました。

チョン爺は、もう限界なほど痩せ、脱水していました。けれど、直る見込みもないのに入院させて点滴を受けるのは止めました。直らないなら家で自由に過ごさせてあげたい。
このまま運命にまかせようと思ったのですが・・・
亭主のmakoさんと相談し、以前エイズの猫を看て頂いた獣医先生の所へ駄目元な覚悟で行きました。せめて痛みを止める治療だけでもとお願いしました。
先生は首筋に水分を注入し、抗生物質の注射をして下さいました。それからは毎日通いました。
この先生は、赤髭先生なのです。診察代は一切取りません。注射や薬の代金のみ。それも他のお医者に較べると半分以下なのです。
なので、毎日通って治療を受けられます。

しかし、チョン爺の強さには感心します。一ヶ月余り殆ど食べていないのに、makoさんの出かける時はエレベーターまでお見送りに出ました。今にもぐらりと来そうな足取りで。

何日か通っている内ににチョン爺は、不意に少し食べることがありました。水も少し舐め始めました。
そんな具合に少し快方に向かったかと思うと又状態が落ちたりの繰り返しでした。
こうして段々命の終いになって行くのかと、思われました。

ところがです!二月に入ってチョン爺は少しづつ元気になってきたのです。吃驚するほど食欲を示す日があります。がりがりに骨ばっていた背中にほんの少しふっくら感が出てきました。
今朝方通院した折に、何時もは余り感情を表さない先生が、ほうっ今日は元気だなと微笑んで下さいました。

勿論悪くなった腎臓は良くなることは無いし、水分補給の注射も抗生物質の投与も続けています。何時まで抗生物質の効き目が続いてくれるかも解りません。

それでも今チョン爺が、寝転んだmakoさんのお腹にペッタリくっ付いて、気持ち良さそうに眠る姿を再び眼に出来るのは、この上なく幸せです。
もう二度と心地良さそうに寛ぐチョン爺の姿は見られないと思ったのですから。

できるなら、この幸せが長く続いてくれますように!

今回は大あくびを連発しながらチョン爺と、冬眠から這い出したご報告としました。

| | コメント (8) | トラックバック (0)

永遠の恋人トウカイテイオーⅱ

トウカイテイオーはダービー馬に・・れんこん亭は閑古鳥の歌

トウカイテイオーは、どんな牝馬がお好みなのかな~。人間の♀はお嫌い?長浜牧場のおばあちゃまの事は大好きですよねえ。なら、ギャル好きとは限らないって事かな? akoちゃんにも微かに望み有りってか・・ああトウカイテイオーに逢いたい・・

【トウカイテイオー】.の競馬デビューは、1990年12月、我〔れんこん亭〕が開店したのも同年10月でした。同じ年にデビューした仲間?の筈が、無敗のままクラシックロードを軽やかに駆け抜ける【トウカイテイオー】に較べ

方や〔れんこん亭〕は、デビューしたものの一つも勝てない競走馬のようなもの。それどころかシンガリ追走のままタイムオーバーと言う感じでした。

〔れんこん亭〕はうどんを主にしたお酒も飲める飲食店でしたが、こじゃれた雰囲気?別にそれを狙ったつもりも無くて、建物の外観に合わせていたらそんな具合になってしまいました。 

所詮うどん好きが高じて始めた素人商売。 店への車付けも悪いし、地域選びにも失敗していました。 最初から甘かったのです。

 見事に皐月賞を制覇した【トウカイテイオー】は、順調にダービーに向かっていました。

 私は【トウカイテイオー】に惚れて、競馬に開眼したみたいでした。 閑古鳥が鳴いている〔れんこん亭〕のカウンターで、競馬関連の記事を読み耽り、毎週の競馬中継が何よりの愉しみになりました。 馬券を買うチャンスはないけれど、馬柱に印を付けてみたりもしました。

イブキマイカグラは、皐月賞では脚を余して見せ場なく終わりました。 雪辱を期すイブキマイカグラは、NHK杯に駒を進め、驚異的な末脚を炸裂させました。 

伝説のミスターシービーもかくや(残念ながら私は、ビデオ映像でしか見たことがありません)と思われる追い込みでNHK杯を圧勝したのです。

 1991年5月26日(記録によると快晴)、ダビーの本馬場へ入場した【トウカイテイオー】は、皐月賞時にも増して美しく輝き、他馬を寄せ付けない気高さと、全身に漲る充実感で圧倒していました。 

全身が燃え上るオーラに包まれて見えました。 ますます私が【トウカイテイオー】に惚れ込んだのは言うまでもありません。

 NHK杯で驚異的な末脚を見せたイブキマイカグラは、故障で戦列を離れ、ダビー出走は叶いませんでした。

期待通り【トウカイテイオー】は堂々の一番人気に推されていました。

【トウカイテイオー】はまるで当然のごとく人気に応え、2着のレオダーバンに4馬身の差をつけ、危なげ無くダービーを制覇しました。 無敗の2冠馬の誕生でした。余りにすいすいと勝ってしまったので、無敗の2冠馬がそんなに凄い事と思えない位でした。

【テイオー】に魅せられたとは言え、未だ1戦しか見ていない私は、そのレース振りの見事さに半ば呆気にとられてしまいました。やはり『違う星から来たかも知れない』お馬でした。

それ!秋の菊花賞も勝利して、父〔シンボリルドルフ〕と同じく無敗の3冠馬間違いなしだ!と、(今年評判のディープインパクト以上に)ファンは湧きました。マスコミも報じました。

しかし、間もなく【トウカイテイオー】は、骨折が判明し、長期休養に入ってしまいました。 無念にもクラシック3冠の夢は断たれてしまったのです。 

私は、れんこん亭の片隅で、ひたすらテイオーの帰りを待つ日々が始まりました。云わば私の【テイオー】への一方的遠距離恋愛の始まり、そして【トウカイテイオー】の奇跡への序章だったのです。

この年1月に湾岸戦争が起こっていました。以後、景気は下降をし始め、世の中はバブルの崩壊へと向かっていました。

店は相変わらず暇でした。 友達は店のイメージ造りや口こみ、タウン誌への紹介やら何かと協力してくれました。 けれど一気に店が繁盛するなんて事はありません。 ちらほらと常連さんも付き始めてはいましたが、雨の日はお客様が〇なんて事も珍しくありませんでした。 

少しでもお客商売をした経験のある方ならお分り頂けると思いますが、例えお客が〇の日でも店は最低線の準備だけは整えておかなければなりません。 

仕入れもしなければなりません。 当然食材は残ります。 残った物の始末もしなければなりません。 これは精神的にも肉体的にも相当辛いものでした。 営業時間を変えてみたりメニューを工夫したり、毎日が試行錯誤と模索の連続でした。

休養中の【トウカイテイオー】の様子を伝える記事なら、新聞雑誌を問わず買いあさりました。 お陰で競馬の知識が沢山得られました。

大井競馬にも出会って夜のダイジェストを見ていました。

それと、競馬報知に連載された馬なりいちハロン劇場は、可愛いお馬さん達が好き勝手に喋ったり恋したり喧嘩したりの楽しいコミックで、毎週の発行が愉しみでした。

私はako流勝手な思い込みで、復帰を目指して辛抱しているだろう【トウカイテイオー】と、流行らない店での自分の辛抱とを重ね合わせ、一緒に耐えているような気になっていました。 それが救いでした。 

【トウカイテイオー】に想いを馳せるその時ばかりは、店で鳴く閑古鳥の歌も聞こえませんでした。

人間て不思議ですね・・辛かった事はどんどん記憶が薄れ、【トウカイテイオー】に慰められた幸せな記憶だけが、今では鮮明に残っています。

まだ続きますよろしく・・

| | コメント (0) | トラックバック (0)

永遠の恋人・トウカイテイオー

トウカイテイオー  美しく強くそして逞しい  永遠を誓った私の恋人

出逢い    

偶然でした。1991年4月14日 皐月賞の日でした。 家のテレビに競馬中継が映し出されていました。 私はそれまで競馬に興味が無かったので、たまたま競馬番組にチャンネルがあっても、直ぐ切り替えていました。

何故かこの日に限って、チャンネルを変えませんでした。 多分キッチンで料理中か何かで、手を直ぐに放せなかったのかも知れません。 ふと、シンボリルドルフの仔と言う言葉が耳に入りました。

確か店で(私はその頃うどんの店を始めていました)手伝いのmeちゃんと店のお客さんが話していました。「オグリキャップが有馬記念で優勝し、引退して種牡馬になるようだが、そうそう<関西にルドルフの大物産駒>が出現したらしい」と、噂していたのを思い出したのです。

<ルドルフの大物産駒>とは、どんなお馬なのか興味がわきました。 私は初めて競馬中継のテレビの前に座りました。

皐月賞の出走馬達は、既にパドックを周回していました。 皐月賞は、若駒の晴れ舞台、どの馬もピカピカに磨き上げられて美しく立派に見えました。 解説者の方は、イブキマイカグラと言う馬を推奨していました。

<ルドルフの大物産駒>の名は、【トウカイテイオー】と言いました。 【トウカイテイオー】は鬣にチャーミングな編込みを施され、優美で逞しく誇らしげに、そしてリズミカルに歩いていました。 私の目は【トウカイテイオー】に釘付けになりました。 競馬に付いて全く無知な私でしたが、【トウカイテイオー】は、他のお馬とは全く別なお馬に見えました。 akoさん流に表現すると

《違う星から来たような》馬、そんな感じでした。

【トウカイテイオー】は、一番人気に応え、皐月賞を勝ちました。父ルドルフに並んで無敗のまま、3冠の内先ず1冠をゲットしたのです。

優美なだけでなく、何て強いの! 私は【トウカイテイオー】に完全に魅了されてしまいました。

翌日から、私は新聞の競馬欄を読むのが日課となりました。 店が暇な時(殆ど何時も暇でした)カウンターで競馬欄を読み、競馬中継を必ず見るようになりました。             

続きます・・・

| | コメント (0) | トラックバック (1)

死んだ猫を腹で温める猫

人通りの絶えた住宅街の夜の鋪道でした。

鋪道の端に白い美しい猫が、死んで横たわっていました。

横たわる猫の冷たくなった身体を、灰色の猫が腹で温めていました。

死んだ白い猫の身体は、灰色の猫がいくら腹で温めても、もう決して温かくなる事はありません。

もう、決して温かくなる事はありません。  

それでも灰色の猫は、死んだ猫を腹で温め続けていました。

白い美しい死んだ猫と、腹で温め続ける灰色の猫は、夜の鋪道の片隅で、やがて猫の形をした影のように、一つに重なりました。

一つに重なった猫の影を、街灯の光の輪が優しく包んでいました。

透き通るような白い月が、空からぼんやり眺めていました。

時は、止まったかのようにゆっくりと、足音を忍ばせて過ぎてゆきました。

このお話は、フィクションではありません、maKO(亭主)さんが実際に出合った光景です。akoさん流な表現はありますが。

私は、ただこのお話の為だけにでも、ブログを始めたいと思ったのです。

それと・・・永遠の恋人 トウカイテイオーへの想いを                    

| | コメント (3) | トラックバック (0)